止まってしまった銀時計

「・・・・。」
「・・・・。」

パンドラ本部の上層部に至急の呼び出しを食らい、叔父で現家の当主、キリル様と約束していたアフタヌーンティをドタキャンした日のこと。呼び出した張本人は私と同じく呼び出されたザークシーズ=ブレイクを迎え、満足そうに新たな任務について話し始めた。ニコニコ笑いながら言葉を紡ぐ上官に、言葉をなくした私達2人。きっとブレイクも私と同じ様に冷や汗を?いているだろう。

「スミマセン最近耳が遠いんデス。今、なんて仰られマシタ?」

「だからだね、レベイユの中心地に位置する聖マグダレーナ教会の神父がチェインと契約をしたという噂が流れているのだよ。実際にあの教会で結婚の儀を挙げた人間の多くが行方不明になっている。出席関係者も含めた行方不明者数がすでに80名を超えている。」

その発言に、眉がよった。
(ずいぶん多い・・・。)

「調査隊を送り込み、本人から事情を聞きたいのだがあの教会は保守的でガードが実に固い。」
「マグダレーナ教会のクリストファー神父と言えば有名ですね。秘密に満ちていて実は裏宗教関係のこともやってるじゃないかって言われている・・・。」
「その通り!そこでだ!君たちのレインズワース家と家の名前を使って儀式を頼めば引きこもっている彼も神壇に顔を出さざるを得ないだろうという計画だ!!それに本当に参列者が狙われたとしても君たち2人なら奴を捕まえられるだろう!我ながらなんて素晴らしい発案だと思わないかね!?」

「・・・で?」

「婚儀だ!」

さっき聞き間違えじゃないかと思った言葉が再度、上官の口から発せられた。

(一体誰と誰が何だって?)

ジロリ、横目で青ざめた男を見上げる。視線に気づいたブレイクが私を見て頬を引き攣らせた。



「レインズワース家のお嬢様ご本人をこんな計画に使うわけにはいかん!だからブレイク、お前がいいのではないかとシェリル女公爵御本人から了承をいただいている!」
「・・・それって、断れないってことですよネ。」
『人の足元見やがってこのクソジジイ。』

エミリーが怒りモードで両手を挙げての抗議にも、上官は全く応じない。

「そして相手には4大公爵家の信頼が厚いがいいだろうと話が進んだ。家の独身女性といえば君しかいないのでな。君、君に決定だ!」
「他の女性を当たってください。この胡散臭くて男らしい欠片もないオジサンとフリでも結婚の儀だなんてやると思います?」

即答した私をザークシーズがギラリと睨んだのが分かったけれど、無視した。

「ええ、ええ、私だってごめんですヨ。お嬢様のくせに女性らしさの欠片もない、凶暴なオバサンと婚儀だなんて。」
「まぁまぁ、当日はもちろん偽名で式を行う。喧嘩せずにあとは2人で打ち合わせしてくれ。私はこの後会議なのでこれで失礼するよ。」

「・・・。」
「・・・。」
颯爽と出て行く上官の中ではすでに纏まったらしい今回の計画を考えれば怒りと遣る瀬無さで両手に作った拳が震える。
それに、さっきのザークシーズの一言にカチンときた。

「誰が女性らしさの欠片もない凶暴なオバサンですって!?」
「あなたこそ、男らしさの欠片もないオジサンって誰のことを仰っていたんデショウ。」
「私が相手で不満ならシャロン引っ張り出していっそのこと本当に結婚しちゃいなさいよ!?」
「・・・なッ!!」
「いつまでも焦らしてそれが男らしくないって言ってんの!!」

自分の気持ちに正直になれないこのヘタレが!!!

「前から言おうと思ってたけど、あんたいつまでシャロンを独身で居させる気!?その内変な男に婚約迫られて取られて泣く目みても知らないから!」

上官のいなくなった部屋での言い争い。喧嘩する猫のように沸騰する感情を理性で制してヒョウヒョウとする男の胸倉を掴んだ。
いつもムカツクと思っていたけど、今日は本当に気に障る!


「覚えておきなさい。女性らしさの欠片もないって言ったこと、絶対に後悔させてやる!!!」


バーンッ!!!

出て行った部屋の扉が大きな音を立てて閉められた。
急に静かになった部屋で、ソファーに腰を下ろして溜息をついた自分に頭を抱えた。

『お嬢様のくせに女性らしさの欠片もない、』
流石にあんなことを言うつもりはなかったんですケド・・・。勢いあまった。


「来週でしたっけ?随分急な婚儀だなァ。」
結婚なんて言葉、自分の人生で使われることがないだろうと思っていたのに。アヴィスに関する任務ならやらないわけにいかないと自分を言いきかせて、立ち上がる。

「明日にでも正装を見繕いにいかないといけませんネぇ。」
どういった服が婚儀の服装なのか、何処で買えるのかシェリル様に聞きにいかなければならない。何たって婚儀なんて長い従者経験の中でも出席したことがないし、大体の流れしかしらない。心構えと打ち合わせを兼ねてに具体的に聞ければいいのだけれど、こうなった今彼女はきっと取り合ってくれない。

「それにしても私達が怒鳴りあいになるなんて珍しい。」
からかい合うことはよくある。今日だってそうだ。普段の彼女なら嫌味を返すだけで、それ以上私の発言を主観的に取るようなことは絶対ない。あそこまで感情的になったを見たのは本当に久しいことだった。その上今回怒らせたのは、自分なのだ。

「全く・・・。何です、この空虚感。」

友人と喧嘩したという事実に、ぽっかりと胸に穴が空いた気分に襲われた。


























家に帰り、父親と母親に渋々今回の任務のことを話せば彼らは笑って頷いた。

『知ってましたよ。レインズワースのシェリル様からもその件よろしくと頼まれていますもの。』
『式にはキリルも絶対参加するって言っていたぞ。、明日ドレスを買いに行こう!ヤラセの婚儀とはいえ、29になってやっとの花嫁姿にパパはウキウキだよ。』
『そうですねパパ。ママもの花嫁姿が見られると思ったら涙が・・・。』
『こらこらママ。泣くのは本番まで待ちましょうよ。』

親バカだと思った。きっと今回のことを楽しんでいるのは主役になる2人じゃなくて、傍観者達だ。間違いない。

『29になってやっと』

そして再確認する、両親はやっぱり私に結婚してほしいと思っていた。に養女として引き取られ、大切に育ててもらい早20年。時とは残酷なまでに過ぎて行くばかりだ。その20年の中で私が見てきたものは幸せな思い出ばかりではなかったけれど、今こうやって穏やかな気持ちで生活できるのは過去に失い、そこから気づいた物や人があるからだ。


今でも鮮明に思い出せる。私が人生で最高の幸せを味わった日々。
私の幸多い将来を考え、両親が屋敷に招いたあの男性(ヒト)。


『君がだね?』

それは私の婚約者となった男性だった。差し伸べられた手は、私の手よりも大きくて、暖かかった。
貴族の私も、貴族らしくない私も、そして誰にも話せない過去を持つ私、全てを愛してくれたたった一人の・・・

私の夫になるはずだった人。








様、いかがでしょうか。」

着付けられるドレスとマネキンのような自分をぼうっと眺めていると急に店員が掛けてきた声に思考が一瞬で現実に引き戻される。店員の女性が持ってきたドレスもこれで23着目。お父様は私が着替えるたびに写真を取って感激している。
それは実に楽しそうだ。

様はスタイルが素晴らしいですね。そういった方にはこちらのような胸元の開いたドレスも素敵です。ほら、とてもお似合いでしょう?」

ちょっと開き過ぎじゃないかとも思うラインの純白のドレスに目を細める。キャビンでドレス選びに悩むたび、私はこんなところで何やってるんだろうと溜息が出る。ザクスが相手の結婚式に使うドレスなんて何でもいいのに。



本当の結婚式でもないのに、バカみたい。



そう思ったら面倒臭くなってしまった。

「これの色違い、ありますか?」
それに、憧れた白いドレスをこんな茶番に着る恥は晒したくない。

「生地は全色用意してございます。」

生地と色のサンプルを見せられ、ある色で目が留まった。
ようやくドレスの発注が決まる。

「・・・じゃぁこの色でお願いします。」



















「ブレイク、こちらも試してみてください!まぁ、こちらのタキシードも素敵ですわ!これも試着なさい?」

屋敷に呼んだレイムさんの知り合いだという仕立て屋がサンプルに持ってきた正装を片っ端から手にして突きつけるシャロンお嬢様が一人楽しそうに大騒ぎを始めて既に2時間。

「お嬢様、もう12着目ですヨ。」
「何を言っているんすか!数を着て選んだほうがいいでしょう?」
「ザークシーズ、次はこれだ。」

手伝いに来ていたレイム君が早速次のタキシードを寄越した。
もう、これで最後にしよう。着たり脱いだり、変な疲労が溜まってきた。

「まぁ!!!!素敵!!ねぇ、おばあさま?」
「ふふふ、そうね。まるで旦那の若い頃を見ているようだわ。ザッ君似合っていますよ。」
同じ部屋の隅で本を読みながら様子を伺っていたシェリル様は笑いながら紅茶のカップを手にする。結婚って大変なんですねェ。そんなことを心で思う。

それに皆さんこんなにはしゃいじゃって・・・。


「ザークシーズ、お前が何色のドレスを着るか知っているのか?」
「いえ何も。」
「聞いておいたほうが良いのではないのか?当日色が合わなすぎても問題だぞ?」
「遠慮シマス。例の婚儀の話をしたら機嫌が悪くなってヤケクソになって話もしてくれないでしょうし。何となく、彼女が選ぶ色は検討がつきますヨ。」


「ブレイク、そのタキシードにしましょう!それにスカーフはこれです!とても良く似合いますわ!」

本当に楽しそうだ、と小さな苦笑が漏れる。

偽りの婚儀とはいえ、周りにとっては心躍るイベントだ。お嬢様が嫁がれる時、私は今の彼女以上に浮かれてしまう。それとも送り出すのを悲しく思うのだろうか、分からない。レイムに奥方が出来るときは100%心から祝福するだろう。

結婚とは当人達だけのものじゃない。


まわりの人間が楽しむことが出来るなら、こんなバカらしい任務も、偽りのバカ騒ぎも、そんなに悪いものではないのかもしれないと可笑しくなった。