止まってしまった銀時計

「それにしてもすごい量だなぁ。」
今朝一番で休暇中の部下2名が持ってきた書類を受け取り、その重さに冷や汗を?いた。
ここは家。受け取った書類の内容が内容なだけにパンドラで目を通すのは不味いと判断して実家に引き篭ることにした。

休暇に出ると嘘をついて。





『一応、例の事件に関する内容は全て写してあります。』
優秀な部下が目元に作った濃い隈の原因は私の我侭だ。

『お疲れ様リンダ、それにイサベル。よいバカンスをね。ゆっくり休んで。』
2人を強制的に3週間の有給に送ったのは私だ。

様、休暇なんて要りませんから私達にもお手伝いをさせて下さい!』
『そうです。何だか今回は特に嫌な気がします。私達に出来ることはないんですか!?』
2人は喜んで有給に繰り出すだろうと考えていたけれど、実際は言いつけられた休暇に全く満足ではないようだった。あまりに必死そうに訴えるものだから咥えていたシナモンの味がするシガレットを思わず口から落としてしまった。

『この資料を集めてくれただけで大感謝です。大丈夫、それに・・・』
『『それに・・・?』』
『なんでもなーい!西部のお土産楽しみにしてるから!羽を伸ばしてきてね。』

頭を下げ、渋々と背を向ける彼女達が馬車に乗り込むまで玄関に立ち見送った。カラカラと音を鳴らす馬車が遠ざかっていく。中に座る2人のことを思えば、ありがとうという言葉しか浮かばない。

どんな時もついて来てくれた部下。理不尽な仕事も必ずやり遂げてくれた部下。一緒に騒いだことも、馬鹿をやったこともあった。
怒ったこともあるし、怒られたこともある。
泣かれたこともあるし、泣きつかれたこともある。

妹のような、そんな2人の部下が今回命がけで集めてくれたのはザークシーズが担当している『ブロッドバースト出身者』が起こしているという事件の資料。パンドラが私に話す気がないというのなら、ザークシーズもこれ以上の詳細を語る気はないはずだ。



『全て金庫の中にあった書類です。』
あの男が金庫を使うなんて聞いたことがない。というかあの部屋の金庫なんて存在も聞いたことない。それくらい、私には超極秘ということなのだろう。

彼女達が命がけで持ち帰ってくれた情報を私は生かさなくてはいけない。起こす行動の結果が例え死であったとしても、私は今回の事件の犯人に会いに行かなくてはいけない。それが今でも私が生きている理由だから。



「また、会えるといいな。リンダ、イザベル。」
もしかしたら、もう会えないかもしれないけれど。

希望は捨てなくていいよね。

2人をの別荘がある西部に休暇に出しだのは、パンドラから逃がすため。家のボディーガードもメイドや使用人に紛れさせ数人送った。万が一の時は命を張って2人を逃がせと命令もしてある。2人の戦闘能力もなかなかのものだし、パンドラの数十人くらい全員でかかってきても死ぬことはない。これで私のせいで彼女達が巻き込まれることはない。





「コーヒーも入ったところで始めますか。」
キースの命日にザークシーズがこの件を一瞬持ち出したのは、ウィンベリーに関わる事項を話すキッカケしたから。ザークシーズがあの夜私に話したかったのはブロッドバースト事件ではなく、それに関わったウィンベリー家の話。

私と、今回の事件の直接的な関係をザークシーズは知らない。

『ブロッドバーストという名前を聞いたことは?』
彼はあの夜私に聞いた。

『・・・ない。』
嘘をついた私を彼が疑うことはなかった。


書類の一文字一文字を零さないように目で追いかける。

ブロッドバーストの人間が使用していた懐かしい単語や特殊語に遣る瀬無い微笑だけが浮かんでは消えた。

































「完璧といえばカンペキですがァ・・・。」

同居人が先日から休暇で出かけているため、朝起こしてくれる目覚ましがなくなった。久しぶりの一人暮らしに頭は慣れても身体が慣れない。
今朝も慌てて起きれば半時も経たないうちにシャロンお嬢様を起こさなければならない時刻まで時計の針が進んでいる。慌てて起き上がり、平然を装い始業を始めた数時間前。パンドラの庭でシェリル様とティータイムを楽しむ彼女をに同行しなかったオリヴィアさんに任せ上がってきた3階の仕事部屋。最近レインズワースの別宅にオズ君達と籠りきりでここに来たのが久しぶりに感じる。

「・・・?」
どこか感じる違和感に部屋を見渡した。シンと静まり返る部屋。相変わらず散らかった床に、投げ捨てられた御菓子箱。どこを見てもいつも通りの仕事部屋。

なのに違和感があるのはなぜでしょう。

まさか。

ふと考えが過ぎり早足で金庫を隠した壁に駆け寄る。そしてランプに隠された隠しスイッチを入れた。ガガッっと音を鳴らし開かれた壁の金庫を開ける。
そこには例の件の書類。
ペラペラと捲り確認をするが、これも特に変ったところは見受けられない。首を捻り、腕を組んで部屋をグルグル歩き回る。

「誰かがこの部屋に侵入したとして・・・。」
特設したレインズワース特性の鍵を開けられるのは、5本しか存在しない鍵のどれか。私の1本、シャロンお嬢様の1本、シェリル様の1本、もしくは万が一のためにとレイムに持たせている2本。

「侵入したものが金庫の場所を知っている確立はシャロン様とシェリル様の40%」
レイムとを疑ったところで彼らは金庫の場所を知らない。教えていないのだ。それにレイムはこの事件のことを良く知っているし、別に今更コソコソ嗅ぎ回る必要がない。
上からの命令で私がこれ以上の情報を漏らしてはならないのは。彼女にこの書類を見せないためにわざわざ金庫に入れたのだから。


「ねぇ、レイムさん。」
コソコソと扉の外に立ち聞き耳を立てる男に声をかける。ちょいっと廊下を覗けば慌てふためいた男が一人。

「除き見なんて趣味が悪いですヨ。」
「・・・悪い。あまりにも真剣そうな顔をしていたから声をかけては悪いと思った。」
「どうしたんです?シャロン様たちなら庭です。」
「いや、お前に用があったんだ。ほら。」
「なんですかこれ。」
ほら、と渡された袋を受け取るとそれは重量感があった。そして良く見ると、紙袋にはレベイユ一のパティシエがいるあのケーキ屋のサインが印刷されている。

「ガトーレディウスのケーキじゃないですか!頂いていいんですカ!?」
「ああ。そのために持ってきたんだ。」
「気が利きますねぇ。ギルバート君も見習うべきだ。どうぞどうぞ入って下さい。お茶を淹れますよ。」

ああ、すまない。
そう腰掛けるレイムを背後に思う、これは勘だ。

もし侵入者がいたとしたらそれは彼ではない。

「ねぇ、レイム。私がパンドラに来る以前この部屋を使っていた人物が誰だか知っているかい?」
「確かロストボーン侯爵だったはずだ。」
「ロストボーン?イザベルさんの父上ですか。」
「ああそうだ。」

ポットにお湯を注ぐ手が止まった。
の部下であるイザベルが、この金庫の在り処を知っていた可能性がある。

「今日イザベルさん出勤されてます?」
「いや。リンダとと3人で休暇をとってかの国へ行っている。から聞いてないのか?」
「かの国?そういえば休暇でバカンスだとは聞いてますけど行き先は初耳です。」
「あの国は遠いからな。心配をかけたくなかったんだろう。」
「へぇ・・・。お嬢様方は恐いもの知らずですねェ。そこらの男より度胸がおありだ。」
好きな女が自分を守らせないというのは、それはそれで悲しいけど。そんなに遠出ならお土産頼んでおけばよかった。そんな後悔が浮かび浮かぶ。

誰かが忍び込んだ確証があるわけではない。ただ、そんな事をやって気づかれないように後始末できる人物がいるのならそれはかなり有能な人材。
そう考えると自ずと犯人の絞込みも付いてくる。

自分が知るパンドラスタッフの中で一番疑わしいのは、そして彼女の部下2名。
が持つ鍵とイザベルが知る金庫の情報さえあれば簡単にやってのけるだろう。

「ふむ。」

どうしたものか。バカンスにとんずらした3人のことを考えながらケーキの箱を開ける。
輝くフルーツ、鼻をくすぐる薫り、癒される外観。目の前にあるのは間違いなくガトーレディウスのケーキだ。

「今夜、お礼に隠れ家で奢りますよ。一人で暇を持て余してるので相手して下さいナ。」
「だが今夜は仕事だとか行ってなかったか?」
「ええ、ですが深夜になってからです。」

チーズケーキを頬張る。そのクオリティーの高さに頬が緩んだ。

「例の事件か。」
「何でも深夜にしか姿を見せない人物のようなのでね。」
「そのブロッドバースト出身の女、チェインと契約していると思うか?」
「どうでしょうねぇ。その人物が本当にブロッドバーストの人間ならば当時何らかの理由でアヴィスへ堕ち・・・いや行き、そして時間を越えて現在に来た可能性もありますし。チェインとは無関係の線もありますね。」
「アヴィスへの道を作れる一族なら、チェインと契約をしなくても現代へ戻れると。」
「はい。それにブロッドバーストはバスカヴィルのように扉を所有してはいない。何を媒介にしてアヴィスへの道を繋いでいたのかは不明ですが、あの一族が本当にそんな力を持っていたなら不可能ではないはずです。」
「・・・確かに放っては置けない話だな。」
足を組み、紅茶を啜るレイムの表情は厳しい。

「四大公としてはなんとしても捕まえたいでしょうネ。何たって99年前に焼き殺したと思ってた一族の生き残り。実はウィンベリー家も動きを見せているんデスよ。例の女を見つけ出し、密かに抹殺するきなのか。それとも他に意図があるのか・・・。」
「パンドラに黙って行動しているのか?」
「まあね。生き残りがいたとならばウィンベリーの恥もいい所ですから。抹殺するのは分かるんですが。」
「抹殺するつもりならとっくに行動に移していると?」
「ご名答。だから他に理由があって時を待っているのかと勘潜っているんです。何せあの家は闇に埋もれたように保守的でね。情報が限りなく少ない。」
「だから今夜行くのか。ウィンベリーよりも早く女の身柄を確保するために。」
「ええ。問題の人物と話をするために。聞くことを聞き出したらパンドラに連れ帰って突き出す。その女は取り調べられ、処刑されれば私の任務も晴れて終わりです。」
「処刑・・・。」
天井を仰ぐレイムに目を細める。ポテっと頭を背もたれに預けた彼はジッと天井の小さなシャンデリアを見ていた。

「99年前に一族全員が処刑された魔女達の生き残りだ。当時それを実行したパンドラと四大公爵家が今更その者に情けを掛けるわけがない。公の場で不利なことを話される前に殺れと命令が下ることでしょう。」
「殺るのか、ザクス。もしお前がその女を殺せと命が下ったら。」
「もちろん。アホ毛公爵はともかくシェリル様の命令とあらば。」
「・・・何にしても気をつけろ。イカレ帽子屋の力も使うのは程々にすることだ。」
「分かってますって。」













ザクスと待ち合わせた隠れ家へ向かう俺は、今さっきの屋敷から出てきた。バカンスに行っていると公表している女が実家に篭っていることを予想して。屋敷の扉を叩けば迎え入れたのは今日までレインズワースにいたの従者、オリヴィア。

彼女が家に戻っていたことを知り、予想が確信に変った。はバカンスになど出ていない。そしてザークシーズの留守中、オリヴィアがシャロン様の面倒を見る口実でレインズワースにいた理由はザークシーズの監視。

『あいつが今夜出かけることには?』
『伝えてあります。』
俺を振り返らず、の自室まで案内するオリヴィアの気が張り詰めていた。







『あらら。ずいぶん早く気づかれちゃった。』
流石レイム、と肩を叩く彼女は俺を迷うことなく部屋に招きいれた。立ち上がった彼女はカップを持ち、テーブルの上にあるプレスからコーヒーを注ぐ。
机に散乱する書類、そして広げられた書物。それはどれもブロッドバーストに関連する物だた。紙を拾う俺に横目を向けたが微笑んだ。

『この事件の犯人・・・私の探している人だと思うんだ。』

彼女が、今生きている理由。

『確証は?』
『これ。』

ほら、と投げて寄越された一枚の紙に目を通す。そこに記されているのは夜の街を徘徊する女の詳細。赤より赤い瞳と海よりも深い蒼の髪を持つ女。その女が街を徘徊しながら絶えず呼ぶある名前、それは『フラロヴァ』というらしい。


『赤より赤い目なんて滅多にいないからね。』










想うのは友のこと。

ザークシーズ。
考えるのは友のこと。

2人が出会ってしまったことを、2人がこの事件に関わってしまったことを彼らが後悔する日が訪れるのなら、それはもうすぐ其処の未来の話。その未来が少しでも先伸ばされるように、私は見守ることしかできないのだろうか。

お前が・・・。」

『二人に救われた今の私にも生きる理由があるから、』
その理由を手にしようとしているお前に立ちはだかるのが例えザークシーズだとしても、

『絶対に諦めない。』
その信念を貫くというのなら。



「俺は、お前を。」
握った拳に嘘はない。

当時雑務をこなすこと以外、一人では何もできない俺を引っ張り続けたのは友人であるお前だった。俺にも少しは出来ることがあるんだ、そう思わせてくれたのは友の2人だった。

もう、2人の間で揺れるだけの俺ではいけない。
責められても、殴られても、俺の責任は相も変わらずあいつら2人を話し合わせることにある。

2人も、そして一連の犯人も。


今夜死なせるためにはいかないんだ。