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止まってしまった銀時計

蝋台に輝く火が灯す店内に座っている人間は多くなかった。ステレアが気に入っている席を確保して、話しに花を咲かせていた。半時ほど遅れ、店内に現れたザークシーズは穏やかな、だがどこか真剣な顔をして席着く。すぐにオーダーを取りに来た店員に強めの酒を頼んだ男にステレアが驚いた。

「酔えないのにそんなの呑んで意味あるの?」
「そーゆー日もあるんです。」
へぇ、目を大きく開ける彼女は頬肘をついてザークシーズをみる。窓の外では雪が止まない。

「ちゃんとお別れできた?」
2人は、これが最後の墓参りだったから。

「ええ。言いたいことは全部言ってやりました。」
すぐに運ばれてきたザークシーズのグラスに緑色の液体が揺れている。店員は暇を持て余していた。



『あの話。話しますヨ。』
『・・・。』
10年、隠してきた事件の真相。取り戻されたステレアの笑顔を守るために、今まで口に出さなかったことを告げると勝手に決意したザークシーズの判断を否定するわけではない。
『知ることでステレアにまた何か起こるなら、来年私がキースの墓に詫びに行くさ。』
『頼みます。』


私は、昔からザークシーズとステレアの間に立つ立場にあった。ステレアが知らないザークシーズが知ること、そしてザークシーズが知らないステレアが知ること。その両方を繋ぎ合わせれば、彼らが解き明かそうとしている事件の全てが繋がる。

それを黙っている俺は、ある意味裏切り者。

彼女の余命を知り、ザークシーズが自分の情報をステレアに話すと言いだすことは分かっていた。時を見計らい2人を呼びだす予定だった。話合わせるために。
だが、その予定は序盤で見事に狂ってしまった。
近日、ある事件が起こったからだ。その事件を上官はよりによってザークシーズに委託した。







今日は、彼が彼女に話す番。
ステレアさん。今から大切なことを話します。一度しか言わないから良く聞いて下さい。」
グラスを撫でる手を止めて、赤い瞳の瞳孔を開くザークシーズが自分を落ち着かせるようにゆっくり息を吐く。戸惑いがないというわけではないようだった。

「先日パンドラからある事件を任されました。あなたには伏せろと言われていますが話します。『ブロッドバースト』という今はもう存在しない村が出身という女が起こしている一件・・・。ウィンベリー家に関わる事件です。」

テーブルを囲う空気が凍りつくのを感じた。
目を見開き、息を呑んだステレアの膝に手を置いた。『落ち付け』そう牽制を込めて。
「『ブロッドバースト』という名前を聞いたことは?」
「・・・ない。」
ステレアの嘘。


「100年・・・正確には99年前。サブリエの悲劇の直後の話です。」
膝の上の手が、足の振動を伝えた。

「ブロッドバーストに住んでいたのはバスカヴィルと同様にアヴィスへ干渉している一族だったと言われています。当時の英雄ジャック・ベザリウスがバスカヴィルを倒し、築かれた四大公爵家とパンドラ。」

一度緑の液体を口に含んだザークシーズはステレアから視線を外さない。

「組織はブロッドバーストの民もまた、バスカヴィルに加担しサブリエの悲劇を起こした罪人だと提唱しました。それが本当のことかは分かりません。ですがパンドラという組織だけがアヴィスに関わりを持てるように、外部組織は邪魔以外の何ものでもなかった。」
ザクスはステレアのただならぬ様子の本当のところに気が付いていていない。ウィンベリー関係の話に反応している、それだけだと思っている。

「パンドラと四大公爵家は女が多かったというブロッドバーストを『犯罪を犯した魔女達』とした。簡単に言えば、民衆の気を煽ったんデス。サブリエの悲劇で混乱していた時代ですから、心理的な誘導作戦は見事に成功。これ以上の不安を社会に生まないよう、魔女達を処刑に処した。四大公爵家が『マレキフィウム』と隠語で呼んでいる事件。マレキフィウムの烙印、そう呼ばれる焼印を押されたブラッドバーストの91名全員が生きたまま業火に焼かれました。」

「なんで、ザクスはそんな詳しいことを知ってるの?私はそんなの聞いたこともない。」
「情報は、パンドラとそしてレインズワース女公爵から。あなたが知らないのは当たり前です。なにせ皆グルになって隠してますから。『ステレア・ラングフォードにだけは死んでも漏らすな』そう事件を知る誰もが言われています。」



そう。情報を集めてもなかなか掴めないのだとステレアが嘆いていたのは、

「あなたが、キース・イヴァン・ウィンベリーの婚約者だったからですよ。」

額に汗を浮かべるステレアが眉間を寄せる。
ここからは彼女が知らない、ザークシーズの知る話。

「ブロッドバーストの女性は剣の腕に優れ、男でも太刀打ちできない腕前だったという。少数民族でしたから、外の敵から身を守るため受け継がれた技術でしょう。彼女達を抑えるために四大公爵家は太刀打ちできる、いや、ねじ伏せられる人材が必要だった。そこで惨殺を委託されたのが、当時バルマ公爵家の護身として活躍していたウィンベリー公爵家だった。」
「なッ・・・。」
一気に顔から色が失せたステレアが守るように腕を胸の前で組む。急変した彼女にザークシーズが目を細める。

「・・・大丈夫かい?」
時間を要して僅かに頷いた彼女を見て、彼は俺を見る。どこからどう見ても大丈夫そうではない。足だけだった震えが全身にきている。だが、ここで止めたらもうこの話をすることは二度とない。コクン、首を前に倒し話の続きを促した。


「ウィンベリー公爵家は公爵家の中では地位が高くない。ですが実のところパンドラ内ではジャック・ベザリウス同様「ブラッドバーストを葬った英雄」として扱われています。パンドラからの信頼故、キースは当時ある重要な実験に関与することになった。」

それは10年前の。

「あなたも知る例の実験です。パンドラは考えた、もし一人の人間にベザリウス家を除く公爵家が保有するチェインの3つを入れ込んだなら、バスカヴィルの長が出来た様に完全でなくともアヴィスへの路が開けるのでは、と。」

キース・イヴァン・ウィンベリーがアヴィスへ堕ちることになった一件。

「キースがテストパーソンとなったあの実験、ウィンベリー家は事件を計画する側の人間でした。キースも例外ではありません・・・。」
目を伏せる。おそらく壊れるであろうステレアを見たくなかった。


「本当はあなたが被験者になる予定だったんです。」



ガンッ、反射したように足をテーブルの足に打ち付けたステレアが凍死寸前の人間の様に身体を丸め震える。微動だにせず、視線を彼女に落とすザークシーズは一度ゆっくり目を閉じる。そして、また開き呼吸を整えた。

「な・・・にそれ。」
「ウィンベリーがキース・イヴァンをラングフォードの娘と婚約させたのは、あなたを実験へ引っ張り出すため。信頼関係を築き、キースからあなたへ話を持ちかける。女心、というのは私には分かりませんが、愛する人間に言われればあなたは断らないとパンドラは踏んだ。」
「嘘よ。」
「パンドラの中でも有数の潜在能力を持ち、チェインと契約していなかったあなたは格好の実験台だった。キースは君を利用していたのだよ。」
「嘘!!」
ステレア。落ち付きなさい。」
「嘘、そんなの作り話!!一体何なの!?いい加減に---。」

バッと立ち上がりザークシーズに掴みかかろうとする彼女を俺が抑えた。ゆっくり俺を振り返る瞳には涙が溜まっている。俺の顔を、そしてザークシーズの顔を見たステレアの動きが停止する。俺は今、ザークシーズと同じような表情をしているのだろうか。目をテーブルに伏せ、クソ真面目な顔で、歯を噛みしめて。嘘ではないのだ、と表情で心から訴えて。



「ウィンベリーと、パンドラの誤算。それは・・・。」
ザクスが視線をあげることはなかった。

「逢瀬を重ねるうちにキースが役を忘れ君に惚れこんでしまったことだ。」
まるで足が力を失った様に椅子に落下する身体。今にも崩れそうなそれを背もたれに押し付ける。
これ以上、沈んでしまわないように。


「キースに紹介され、あなたと共に仕事をすることも多くなった頃、『パンドラと世界がアヴィスを手に入れるためさ。女が一人犠牲になる何てどうってことないだろ』そう彼に言われました。」
虫を潰したように苦い顔で告げる彼に、彼女は反応を示さない。

ザークシーズはこの時キースを殴り飛ばしたという。キースが後に俺に話したことだ。
今思えば、その頃にはすでにザークシーズにとってステレアという女がある意味を持つ存在になっていたのだろう。

「ですが数カ月後彼は私にこう言った。『彼女は俺が守る』と。随分な意見の変わりように卒倒しそうになったのを覚えています。そのすぐ後のことですよ、キースがパンドラにあなたを引きずりだすのに失敗した償いに自分が被験者になるととんでもない発言をしたのは。」


そして申し出は受理された。

「実験を急いでいたパンドラは躊躇うことなく決行した。ですが3つめのチェインを入れる時に、彼の身体に限界が訪れた。彼が倒れてはすでに中にいる2体が失われてしまう。それを組織は事前に計画していました。だからその前日、あなたにフラメルと契約させたんです。キースが死に掛けた時、フラメルが中の2体に一瞬の攻撃を仕掛け、彼と共にアヴィスへ落ちていかないよう引き出させるために。」
「な、んで私が。」
声を絞り出すステレアの頬にザークシーズが手を伸ばす。優しく添えられた手はまるで包むように。

「・・・実験が失敗する際、彼を殺せと言われていたのはチェインに攻撃できるマッドハッターを持つ私だった。」

『そんなことができるわけがないだろう!!!』
久しぶりにザクスがキレたのを見た瞬間。四大公会議、シェリル様の面前で。
『なら仕方あるまい。他の方法を利用するまでじゃ。』
容赦のない言葉に、俺もザクスも立ちすくむことしかできなかった。

「私がやらないのならマッドハッターと同じ種の、フラメルというじゃじゃ馬を扱える潜在性のあった君に契約し、殺させると。私とレイムさんの反抗する声が聞きとどけられることはなかった。そしてパンドラが描いたシナリオは、見事に現実になったんです。」

ビクリと波立つ身体を、ザークシーズの腕が包んだ。

「言わないで・・・。」
耳を塞ぐ、ステレア。

「君が、キースに止めを刺した。」

涙を流し、嗚咽に耐え、愛する者を攻撃し2体のチェインを身体から出したのに、現れた陣にキースの身体は吸い込まれて行った。アヴィスの意志が彼に興味を示しそうさせたのか、本当の理由は未だ解明されていない。










ステレアッ!!』
『っなして!!離してぇぇ!!!』
『いかせません!!!』

引き込まれて行く身体に駆け、自分も彼と共に行くのだと発狂する彼女を抑え込んだのはザークシーズ。キースの身体が消え、陣が薄くなりその場に反響した女の絶叫。キースが倒れていた地面に残ったのは、人間がフラメルに焼かれた黒い痕だけになった。


その場にいた誰もの同情を誘ったその光景を、そして事件を、私達は「悲劇」と呼んだ。

四大公はステレアに真相を隠し、何もしらない同情者の仮面をつけた。毎年命日に花を送り、彼と悲劇を嘆く本当の裏幕。

そして、ラングフォードの少女は自殺の常習者とよばれる存在になった。
































『一人にして。』

あれ以降口を開かなかったステレアが俺を、ザークシーズを突き返した。無言で立ち上がり剣を取った男の背中を追いかける。「うちで寝かせるから安心しな。」と言う女将に頭を下げ、店をあとにした。

「一人にしていいのか?」
前を行く男の背中は小さい。

「こうなることは分かっていましたし。それに、」
「ん?」
「もう一人心のケアが要りそうな人間がいるので。」
振り返ったザクスの言葉にハッと顔をあげた。ああ、聞かれていたのか。

「そうか。気をつけて帰れよ。」
ポンッと背中を叩き何事もないように送りだした。ザークシーズと別れ違う道を行きながら、積もった雪をグシャリグシャリと踏みつける。

『レイム、俺に何かあった時はステレアを頼む。あれは寂しがり屋なんだ。』

「・・・キース。」
凍るような外気に触れる顔の肌に、生ぬるい涙が伝った。

















「まだ起きていたしたんですか?シャロンお嬢様。」
暗い部屋を月明りだけが照らす。雪は降っているのに、月は出ている何とも幻想的な光景が窓の外にある。
濡れたクッションを膝に置き放心状態の彼女に歩みより、隣に腰かけた。身体の温かさが感じられるくらい近くに。
「エクエスを通して盗み聞きとは、感心しませんネ。」
目を開き床の一点を見つめている彼女を抱き寄せる。いつかはシャロンにも話そうと思っていた。彼女がもう少し大人になり、全てを理解できるようになったら。

「レインズワースがキース様を・・・。ステレアに殺させ・・・。」
「シャロン。」
声を上げるでもなく、ボロボロと涙だけを流すこの子にはまだ早すぎる話だった。大粒の涙が固いクッションに落下して、音を立てる。

「レインズワースではない。」
計画には確かに四大公が企てたものだったけれど、その引き金を引いたのは、

ステレアに彼を殺させたのは私だよ。」

あの時公爵家会議で私が反発しなければ、ステレアは彼を殺さずに済んだ。



「私はね、」
流れる涙を目元で掬う。それは止まりそうにない。
「当時どこまで遡ればいいか分からないくらいに後悔した。一度はキースとステレアに出会わなければこんな思いをせずにすんだのにと、他人のせいにして背を向けてしまおうと思った最低な人間だ。」

負い目を感じた。
純粋な罪悪感から、壊れてしまった彼女を放っておいたら悪人は自分だと、

「キースが繋ぎとめた婚約者の命を、そしてこれからの人生をどうにかして支えなければと思った。また、いつか彼女が再び笑顔を見せてくれるまで。」
「・・・ザクス兄さん。」
「罪の意識から毎日彼女を見舞っていたのに。いつしか、」

彼女という存在が、護りたいものに変わってしまった。

「まさかキースと同じように惚れてしまうなんて思っていなかった。惚れた弱みというのかな。ステレアの泣く顔が見たくなくて、今日の今日まで真実を隠し通した。」

自分が泣き顔を見たくなかっただけ。
それは彼女への思いやりじゃない。ただの我儘だ。

「とんでもない男だろう?」
自嘲も飛び越えて、苦みしか浮かんでこない。細い肩に顔を埋めて、歯を食いしばる。
事実を話せば護りたい女性を泣かせてしまう、分かっていたのに。



思ったより、ずっと重い。






「ザクス兄さん?・・・泣いて、らっしゃるのですか?」

今日だけ。

頼むから、どうか見ないふりをして。