止まってしまった銀時計

「あと数カ月だからって何なのよ。」

数日後、偶然私がレインズワースにお邪魔している時突然やってきた訪問者、。回復したと思ったら以前以上に元気になった彼女は私達の心境を知りながら、そんなことどうでもいいのよ、と酒瓶を手にビシッっと人差し指を付きつけた。
「本当は生きられる予定だったあと30年分、この数カ月で楽しめればそれでオーケーでしょ。」
恐ろしくポジティブな彼女を前に酔っぱらったギルバート様が『そうだそうだー!』と騒ぎだす。『素晴らしい!そのポジティブさ気に入ったぞ!』便乗するアリス君に、頬を掻き『そうだね!』と応援するオズ様。

「大体、私がそんなに長くないことくらい分かっていたでしょう?」
窓の格子に腰を置き、外を見るザークシーズ。そしてやはり泣きそうな表情になったシャロン様を見かねたが2人に歩み寄った。

「それに私に劣らず余命が薄いあなたがその反応ってどういうこと、ブレイク。」
「私はいいんですヨ。それに私はあと1年くらいあります。あなたの倍です。」
これはヤバい、そう判断してシャロン様の両耳を手で塞いでオズ様達の方へ移動させる。彼女はザクスの命がそう長くないことを聞かされているが、まで一緒になっては心に傷を負いかねない。





「なんで、レイムさんには話して私には何も言ってくれなかったんです?私が怒ってるのはそっちです。」
ザークシーズに睨まれた。
「レイムにはバレたから言わざるを得なかっただけで別に贔屓してたわけではないよ。」
「バレた?」
「情報家のバルマ公爵が口走ったのよ。」
「ああ、なるほどね。」
ザークシーズとの間に沈黙が訪れ、私は目の前にいる楽しそうに酒を飲む数人に目を細めた。

数年前、まだ時間が沢山あった私、ザークシーズそしてレイムが酒を飲み交わす姿を彼らに重ねてみた。



『私はまだ死ねませんから。』
あと数年は生きますよと自信満々にいうザークシーズ。

『私は死が迎えにくるまで残りの人生を楽しむわ。やりたいこともあるし。』
死の足跡を感じていても、恐怖しなかった私。

『お前達いくら酒が入っているといえ滅多なことを言うな。』
そして私達2人を叱責しながら長くない命を受けとめたレイム。

もう、あれから数年も経った。












「数カ月と分かっていたなら、もっと早く出来たこともあっただろうに。」
ボソリと呟いたザークシーズに首を傾げる。はぁ、と大きな溜め息を吐いた彼が首を廻し深く紅い目で私を見る。ジッと見つめられ、本心が見えない深さに押されてしまいそうだ。
何か考えている視線に、更に首が傾く。

。」
名前を呼ぶ芯のある声が腰に響いた。

「いつか私がアリス君に諭されたって話をしたこと覚えてます?」
「秘密って言ってたアレでしょう?」
「ええ。アリス君にね、素直になれと諭されたんです。」
珍しくクソ真面目な表情を向けられ、血が一気に足へ流れた時の様に反応を示せない。

「残りの生活をレインズワースで過ごす気はありますか?」
唐突的な質問に顔を顰める。
「許されるなら私がで過ごすのもありですが、キリル様のあの女装趣味に毎日耐えるのはキツイかと。」
「ザクス・・・一体何の話?」

「残りの人生を私と過ごす気はありますかと聞いてるんです。」

バツの悪そうに視線を外した彼の言葉を頭の中で何度もリピートする。
ちょっと待って。今何て言われた?

数秒かけ彼が言わんとすることを導き出した私は、戸惑うという状況にあった。

「で、でも、私裏の仕事もあるから帰れないことも多いし。」
「構いませんよ。」
「おばさんだし。」
「自分より年上の人間前におばさんって・・・私がおじいちゃんみたいじゃないですか。」
「シャロンにも悪い。」
「シャロンお嬢様はあなたが来たら発狂して喜びます。」

引かないザクスに、どうしたらいいか分からない心が悲鳴を上げる。本当は、一緒にいたいんだって心のどこかが叫んでいる。
友達以上と言う関係を認めたくなかった私が負けて、
好きだと思っている自分が優勢になり始めた。

「・・・本気?」
「冗談でこんな恥ずかしいこと言えるほど私はバカじゃありません。あと5秒。」
黙り込むなら肯定をみなして明日キリル様と両親お二方に挨拶に行きます。そう言われ口元を結んだ。
短いようで、おそろしく長い5秒。私は彼の目を見続けて、沈黙した。沈黙したかったわけではない、と自分の判断を庇う卑怯な心が純粋に「一緒にいたい」と思う心を押しつぶしていた。

そしてタイムアップだとクシャリ、私の髪を触ったザークシーズはスッと足を前へ出す。

「シャロンお嬢様ぁー。明日からさんが私のとこに住みますのでシェリル様に了解を取ってきます。ここで皆さんと大人しく呑んでて下さいネ。」
振り返ることもなくスタスタと扉に向かって歩き始めたザークシーズ。置いていかれた私はひたすら遠ざかる彼の背中を見ていた。声を掛けられたシャロンが立ちあがり彼のバシバシと背中を叩く。どうやら今の会話は呑んだくれ達に筒抜けだったようだ。

「ブレイク!!あなたようやく伝えたのですね!!!見直しました!それこそザクス兄さんですわ!!!!!」
「は、はい。」
駆け寄ってきたシャロンに背がピンと伸びる。これはレインズワース公爵家一同を巻き込んで大変なことになってしまった。

「明日からお姉様と呼んで構いませんか!?」
「え・・・お姉様!?」
ブッとワインを吹きだすレイムは眼鏡を抑えクツクツと笑う。次には優しい笑みを投げてよこした。『やっと素直になったな。』彼の口元が音を発せずそう動く。

「週末は両家を挙げて祝宴ですわ!パーティですわ!!!なんて素晴らしい日なのでしょう。」
「肉か!シャロン、そのパーティには肉もあるのか!?」
「もちろんですアリスさん!」

手を取り合い、喜び合う2人を前に後ずさりした。何だか・・・本当に大変なことになってしまった。
とりあえず今日帰ったらキリル様と両親に言わなければ。絶対泣かれる。嬉し泣きか、悲し泣きか分からないけれど、確実に彼らは泣くだろう。

「おめでとう、。」
オズ様までもが駆け寄り、私の両手を取る。おめでとうって・・・。別に結婚するわけでもなくて、ただ一緒に住むだけなのだけど。

「俺あんなブレイクの顔はじめて見たよ。」
「ブレイクの顔?」
ニヤリと笑い耳貸して、という彼に背を屈めた。

「さっき出て行った時のブレイク、顔真っ赤だった!ぜったい照れ隠しに出て行ったんだ。」
「・・・?」

オズの報告に目を瞬かせる




同時刻、扉を出た廊下で背を壁に預け赤い顔を片手で押え冷静さを取り戻そうとしていたブレイクの姿を一同は知らない。