薬指を絡ませて

「なんとも歯がゆいのぉ。」
「いかがされましたか?」

午後、椅子に腰かけ黙々と書物の解読作業をしていたバルマ公爵が顔を上げ、手にしていた万年筆を投げた。

「ケビン・レグナードの正体が明かされたというに歯がゆすぎて集中できん。」
「バルマ公爵、どちらへお出かけですか?」
「レインズワースじゃ。シェリルに愚痴を言いに行く。レイム、そちも同行せよ。カレンお前もじゃ。」

マントを揺らす主が目を向けたのは同じ部屋の端で雑務を片付けている同僚。ニコリと笑う彼女が一緒に来ることは考えにくい。

「レインズワースでしょう?遠慮させていただきます。」
「これは命令じゃ。」
「では明日はケーキなしですね。」
「うっ・・・。」

バルマ公をこう簡単に言いくるめられるのは後にも先にもシェリル様と彼女くらいのものだ。





「カレンは相変わらずレインズワースに近づきたがりませんね。」
揺れる馬車の中、今だ悶々と「歯がゆい」と発言するバルマ公に笑った。

「なぜあの者がレインズワースを避けているか知っているか?」
窓の外に目を向ける主に「いえ。」と返した。

「我に協力するなら聞かせてやる。」
驚いた。バルマ公が自ら情報を提供するなど、遣えて20年聞いたことがない。興味深いなと思った。レインズワース家に少なからず関わっている私には聞いておいた方がいい情報と勘くぐり頷く。
扇子を広げたバルマ公がニヤリと口元に笑みを作った。














「のう、歯がゆいとは思わんかシェリルよ。」
「ふふふ。歯がゆいと思っていたのは私も同じよ、ルー君。」

レインズワース女公爵の書斎で僭越ながら席を同席している私。「事情を知っているのね」そうシェリル様に笑い掛けられた。

「・・・驚いています。まさかカレンとザークシーズが繋がっていたなんて。」
「神様の、いえアヴィスの意志の粋な計らいと言ったところかしら。」
「我はあの二人をどうにかしたい!」
「そうねえ。でも、私はカレンちゃんの気持ちも分かるわ。ザッ君と同じように違法契約をして、現代に来て彼を見つけた。でもシャロンちゃんの隣で笑う彼を見て今を生きている彼を知ってしまう。過去の事を振り返らず、今を大切にしている人を見てその人が昔のことを思い出し笑顔を失ってしまうくらいなら名乗り出ず見守るだけ。すてきな乙女心じゃない?」
「帽子屋ももう長くないのじゃろう。ならば最後に共に時を過ごして何が悪い。帽子屋がカレンを通して過去を思い出し塞ぎ込んでもそんなことは知らん。」

自業自得じゃ。

「確かに。カレンちゃんはともかく、ザッ君は彼女が生きていることすら知らない。何も知らず時を過ごすことほど残酷なことはないかもしれないわね。」

考える様子を見せたシェリル様が、一枚の紙を引出しから取り出し私達の前に差し出した。

「年寄りの道楽と思って、若い方には有無を言わさず付き合ってもらいましょうか。」
「これは・・・。」
「ふふふ。来週レインズワースで催される私の誕生日パーティーの案内状。ルー君に渡したのと同じものよ。それをカレンちゃんに渡してくれる?」

四大公爵家の一つ、しかもその本人のサイン入りの招待状を断れる人間はいない。

「シェリルよ。楽しくなりそうじゃのう。」
「本当ねぇ。」

何かを企む子供のように笑う2人にハハハと作り笑いをした。

自分がザクスの立場だったら。

俺はその人と再会する時、何を想うのだろう。