今日は晴天、みんなで囲むティーテーブルは賑やかだ。事の発端はギルの昔話からはじまった。幼いころはああだったとか、こうだったとか話に花が咲く。俺がいない10年のギルを見てきたブレイクやシャロンちゃんからの新しい情報もゲットした。
シャロンちゃんはお転婆な子供だったとブレイクが笑う。それに反抗するように顔を真っ赤にしたシャロンちゃんはやっぱり可愛かった。
バルマ公との面会から帰って来て以来、沈んでいたように見えるブレイクの雰囲気も元に戻っていた。ケビン・レグナードという本名を持つブレイクの過去を知りたいわけじゃない。ザークシーズ・ブレイクと名乗るまでの葛藤や苦悩は少し話を聞いただけでも想像できたから。俺が知りたいのはケビンの話じゃなくてブレイクの話。気になることはやっぱり山ほどあるんだ。
「今度はブレイクの番だね。」
「ええ・・・私もデスか?」
「そうだピエロ!お前は謎が多すぎる。このアリス様が聞いてやるから存分に話すがいい!!」
俺が今一番気になること。
「何でそんなに甘いものが好きなんですか?」
ハイッ、とマイクを差し出す様にグーの手をブレイクの顔の前に出す。予想と違うマヌケナ質問にフォークを加えた男が少し目を大きくした。
「何でって言われてもねぇ。」
んー、目を快晴の蒼い空に向けるとおもぐろに口からフォークを取りだしたブレイクが一瞬凄く、優しく笑ったのを俺は見逃さなかった。
「昔から甘いものばかり食べてましたカラ。そのせいでしょうかネ。」
「でもレインズワースに来たばかりの頃は甘い物が好きなことを隠していたのでしたね。男が甘いものなんてカッコ悪い、それが理由でした。」
「へえ・・・。ブレイクにもそんな恥じらいあったんだ。別に恥じることじゃないよね?」
「昔は素直じゃなかったのですわ。私がケーキをあげてもジッと見つめるだけでなかなか受け取らないし、お母様が無理やり口に突っ込むまでまるで嫌いな食べ物を見るような目でした。」
「おいピエロ、私も聞きたいことがある。」
黙って俺達の話を聞いていたアリスが立ちあがり、ブレイクに歩み寄った。腕を胸の前で組んだ彼女がブレイクを見降ろす。
「なんですかぁ、アリスさん。」
あ、ブレイクちょっと嬉しそうだ。いつも嫌われて近寄るなとか言われてるからかな。本当はきっとアリスにも構ってほしかったんだろう。
「お前のダサイ名前は誰がつけた?」
質問の内容は、やっぱりブレイクの何かを否定する内容だった。
「・・・アリス君、君シェリー様に殺されるヨ。」
「シェリーとは何者だ?」
「私の母です。ザークシーズという名前はお母様がつけた名前ですわ、アリスさん。」
へぇ、そうなんだ。俺の隣で話を聞くギルも興味深そうな顔つきになってる。
「俺はザークシーズって珍しいけどカッコいい名前だと思うよ。」
「ありがとうオズ君。君はどこぞのウサギさんと違って素直でいいネぇ。」
「ブレイクという苗字は?」
ギルが問う。その質問に目を細めたブレイクがまた、優しく笑った。本当に一瞬、甘い物の話といい、苗字の話といい、彼にとって何か意味のあることなのだろうか。
ブレイクの隣ではシャロンちゃんが少し首を傾け、彼の様子を伺っていた。
「別に隠すことではないですネ。」
ね、そうシャロンちゃんに顔を向け苦笑するブレイクに彼女は微笑んだ。
「ブレイクというのは私の奥さんの旧姓デス。」
「「「・・・・・え?」」」
息も動作も止まった俺達を見たシャロンちゃんがクスクス笑う。
「「「ええええええええええ!!!!???」」」
近日稀に見る衝撃だった。
「じょ、冗談とかではなくて!?」
「ブレイクお前結婚してたのか!?」
「このピエロの嫁だと!?顔が拝んでみたいぞ!!」
「あーはいはい。」
ブレイクに集まる視線を払うかのように手をヒラヒラ降って口元の端を吊り上げた男が俺とギルを指さして憎たらしそうに笑った。
「私が生きていた時代はね、20でケッコンなんて遅いくらいだったんですよ。今だってそう変わりないでしょ。知ってます?つまり私から見れば君たちは既に逝き遅れ。御愁傷様デス。」
「た、確かに俺アヴィスに行く前すでにお見合いだとかオスカー叔父さんが言ってたような・・・。」
「そう言われれば私も何度おばあ様にお見合いの話をされたことが度々・・・。」
「まぁ、容姿が変わっていないお嬢様と10年アヴィスにいたオズ君は別として、ギルバート、君は完全に手遅れ。成す術なしですネ。」
「お、俺にだって・・・!」
「「「「何(デス/ですか/だよギル/だ)?」」」」
「・・・ッ!!何でもない!!」
黙り込み、さらに沈みこんだギルをアリスがヘタレと罵る。
最後のケーキにフォークをいれたブレイクが頬肘をついて、じっとそのケーキを見ていた。
「ブレイクの奥さんか、会ってみたいな。」
どんな女性(ヒト)なんだろう。
「私も、オズ様と同じ気持ですわ。でも・・・。」
コトリ、カップを置いた彼女の頭を撫でたのはやはりブレイクだった。
「できるなら、とっくに紹介してますヨ。彼女は・・・ザークシーズではなくケビン・レグナードの奥さんです。」
はっ、と顔を上げた俺とギル。
それはつまり。
「シンクレアの家が途絶えた話、この前しましたネ。彼女はシンクレア家に遣えていた使用人の一人でした。」
「それじゃぁ・・・。」
目を伏せたブレイクは、まだ最後のケーキを口にしようとしない。
「あの日シンクレア家にいた者はみな殺された。ですが数人生死が分からない関係者がいてね。彼女もその一人です。実家を訪ねましたが彼女の家はシンクレアと深い関係にあったために闘争に巻き込まれ、やはり全滅していました。」
空気が一気に重くなってしまった。
「彼女だけでも生きていてくれれば、そんな望みも尽いた。私がチェインと違法契約を結んだのはその数日後の事です。」
「・・・ねぇ、ブレイク。その女性(ヒト)素敵な人だった?」
きっとこんな青空の様に優しく、大きな存在だった?
「ええ、それはとても。」
やっとケーキの端をフォークに乗せたブレイクがニコリと笑う。
その女性がブレイクにとってどれだけ大切な人だったのか感じる、そんな柔らかい表情だった。