オーロラオーラ奏でよ賛美歌

イルミ今、なんて言った?

----クロロ、この子が----

全身が足元から一回震えて、すぐ冷や汗に見舞われた。 まるで寒いところに放り出された子供のように小刻みに震えようとする体をどうにか収めるので精一杯だ。 頭の中でイルミが呼んだ名前が反響してる。


クロロなんてそう滅多にある名前じゃない。

「バシェット、今回の依頼者、幻影旅団。」
どうしたの大丈夫?とイルミが他の人間に聞こえない程度の声で気遣いをくれるが、目がクロロと呼ばれた人物を視界に入れるのを恐れていて未だに首を上げられない。イルミが私の様子を不思議に思うのも無理はない。まさかすでに旅団メンバーと接触を持っていたなんて考えていないだろうし。 私は流星街での過去のことをイルミはおろか師匠にすら話したことがないのだから。


「はっ、こいつ私達の名前きいて怖気づいたね!団長こいつ使い物にならないね!」
頭上から降ってくる懐かしい声そして癖のあるしゃべり方

...フェイタン。

「団長、こいつらに任せて本当に大丈夫なの?」
「団長」と呼ばれた人物より少し手前にいるのは私に念をつけてくれたマチ。
彼らの懐かしい声に涙が出てくるのをどうにか堪えて、すこし顔をあげれば相変わらず綺麗な金髪を揺らすシャルナークやフランクリン、ノブナガの姿が瞳に入ってくる。

みんな、大人になった。

でも一人ひとりの持つ雰囲気はあのころのままだ。



そして中央で本を広げているのは


クロロ。






広い肩幅に、細身の体は少年だった彼からは想像できないほどに変化していた。 白いワイシャツに彼の肌色が映える。髪は長すぎない漆黒に、額には逆十字が刻まれている。 罰当たりなところも相変わらず。

クロロ・・・。

心が名前を呼ぶたびに急に懐かしさと嬉しさが込み上げる。
会いたいけど会いたくないと思っていたのに心は正直だ。うれしい気持ちを隠しきれない。

クロロの瞳が本から目を離して私のそれをみた。視線はまるで豹のごとく鋭く、カラーコンタクトで茶色化された私のオッドアイを威嚇する。 心がクロロのところに行くように訴えている。

「ク・・・。」
その押しに負けて名前を呼ぼうとしたときに、ふと見えた女性の妖艶な足。

それはクロロの膝上で組まれていた。顔までは・・・光がとどかない。







変わった。未だ見えていないだけで確実に変化がある。昔、私がいたポジションに新しい女の人が落ち着いてクロロに愛されている。 遊びの女をアジトまで侍らせるほど、彼は落ちてはいないだろう。

近くに置いて愛でるのは彼なりの愛し方、愛している者への最大の敬意の表れだ。 そしてそれをこの立場から見ている私の心が泣いてる。 迷惑をかけたくない、と出て行ったのは自分の意思。それでも彼を愛してる気持ちは捨ててなかった。 それはこの先ずっと一方通行で、行きかうことはないんだ。

そんなこと出て行ったときから覚悟していたのに実際目の当たりにするとかなり辛い。



彼らの存在を「仲間」から「他人」に移そうとしていた私の頭は正しかった。いっそのこと記憶なんて無くなれば楽なのに。

ワスレタイ。

ワスレタクナイ。

こんな状況を前にしながらなんでこんなに彼が、みんなが愛しいのだろう。
だめだ、感情がついていかない。涙腺が熱くなる。





「今回の依頼、受けるのは俺達2人。バシェットなしっていうのは無理。」
「ああ、それでいい。」
聞いたことのないクロロの声に心臓が跳ねた。

私が知っているクロロの声はもっと高かった。落ち着きと憂いを含んだテノールが突き刺さるように心に届いては消えた。

「殺しは俺がする。潜入と装置の破壊はバシェット。そして俺達が作業してる間に君たちが暴れ回る。俺このあと用事あるから行くけど、見取り図とか詳しい話はバシェットとよろしく。」

う、うそでしょ・・・。

目元が引きつった。こんな危険なところに置き去りにされたら普通の女性はみんな同じ反応をすると思う。 一人にしないで!!と心から叫びたかったけどそんなこと言ったら流石のイルミでも不審に思うだろう。 恐怖か不安か、手が氷のように冷たくなっていく。こんなのは初めてだ。

「言っておくけどこの子と殺り合ったらさすがの旅団でもただじゃ済まないくらい強いから。」

手、だすなよ。そう牽制の言葉を残してイルミは扉へ体を向けた。 長い綺麗な髪を揺らして、外の闇にもう消えるかと思えばもう一度振り返った。 ただその視線は私を通り越して正面に座っているクロロに向けられている。 そしてもう一度言伝をいうかのようにクロロに目を細めた。

「クロロ、そういえばお気に入りの彼女の名前は?呼びたいときにいっつも困るんだよね。」

ドキっ・・・っと心臓が大きく打った。


「そんなことっ・・・。」

あんたに関係ないとイルミに言葉を紡ごうとしたマチを遮って、クロロの膝に座っていた女が立ち上った。
そしてカツカツとヒールを鳴らしながら少し前方に足を進める。

「私のことかしら?」

妖艶な笑みを口元に、胸元で腕を組んだ女の顔が蝋燭に灯される距離まできて

私は絶句した。





「私の名前は。」