「、入るよ。」
急にオーラをドアの外に感じたと思ったら、すぐに軽いノックが聞こえ、ドアの方を見据えればイルミがジーンズに黒のタートルネックというラフな格好で現れた。
そのまま数十秒、お互い瞳を見合うだけで言葉もなく、同室にいるルノーもまた言葉を発しない。
でもこの空気を気まずいとは思わなかった。
「言っておくけど、助けたこと後悔してないから。」
軽く溜息を吐いて最初に静寂をやぶったのはイルミだ。
「…理由を聞かせてよ。なんで引き返してきたの?」
怒りを含んだ口調だったと思う。今こうやって頭のどこかで常にクロロのことを考えているのはイルミが私の命を救ったせいだ。
行動の理由を聞くなんてこと自体がまず間違っているのは私もよく分かってる。
彼は自分の意志で動くことなんてほとんどない人間。
なのになんで今回に限って頼んでもないのに助けるなんてマネをしたのだろう。
「俺がクロロと会わせようと図ったていうのは分かってると思うけど、元々殺すために旅団のところに連れて行ったわけじゃない。」
腕を組んでドアにもたれ掛っている彼の姿はいつもより少し小さく見えた。
「それに上手く答えられないけど、を死なせたくなかった。」
気が済むまで殴っていいよ、と普段感情を宿さないイルミの瞳が一度戸惑うように揺れた。
「苛々してるんだ。こうゆう感情今まで誰かに持ったことないからさ。」
「どういうー。」
聞こうと思ったことは彼の次の言葉に遮られる。
「もしかしてこういうのをユウジョウって呼ぶのかな。」
どうだろ、やっぱ分かんないな。と頭をポリポリ掻きながら考え始めたイルミに私は目を見張った。
まさかこの男が「友情」なんて言葉を口にする日が来るなんて考えてもいなかったのだ。
あの堅物ゾルディック家長男が私を友達だと思ってくれてた?あの、あのイルミが?
彼は常々言ってたではないか『友達なんて必要ない存在ナンバーワン』だと。
「・・・っはは、あはは。」
どうな心境の変化だ、と笑わずにはいられなかった。
「何がおかしいのさ。」
ジロリと横目を私に向け、不機嫌そうな彼に「ありがとう。」って言えばイルミはポカンと薄口を開けてそれから目を床にそらした。
ああ、そうか。
私が旅団員に攻撃できなかったのと、
イルミが私を見殺しに出来なかったのは同じ理由なんだ。
友達だから。
言うまでもないけど、カフェで寛ぐなんて時間を共有しているイルミが私にとってただの仕事仲間ではないことは明確。
普通、誰が仕事仲間と休暇まで時間を共にする?
流星街の仲間とは形が違うけど、友情っぽいものも何となく感じたし。
なにより私は彼にいい印象を持ってる。だけどまさかイルミが私に対して特別な感情を持ってくれるなんて期待すらしていなかった。
「外」で初めてできた友達か。
もう一度足を地面につけ、ゆっくり立ち上がって、少しずつイルミまでの距離を縮める。
「ちょっと―。」
私が立ち上がるのを止めようとする彼の右手を両手で包んだ。
「イルミ、助けれくれてありがとう。」
「・・・依頼された報酬はいらない、その代わり今後のカフェ代は持ち。」
じゃぁね、そう部屋を出て行く彼の背中は大きかった。
イルミが出て言ってすぐ、ルノーがは私が寝ていたベットに腰を下ろした。
「それアイオライトね、綺麗だわ。」
彼女の指が向けているのは枕元。首から外した「宝物」が1つ、ごろりと転がっている。
外しちゃったんだ、とルノーは笑って日の差し込むカーテンを開けようと手をかけた。
正直、ただの色がついた石としか思っていなかったからルノーの口から宝石の名前が出てきたことに驚いた。
彼女の脇に腰を下ろして転がるチェーンを手繰り寄せる。そして蒼い適度に重い石を手の中で遊ばせた。
これにどんな価値があるのか私は知らない。
ただ、大切なものには変わりないんだ。
こんな小さな石なのに、これを見ていると蘇ってくる思い出には際限がなくて、思い出すたびに笑ったり、泣いてしまったりする自分がいる。
流星街でクロロと過ごした記憶、みんなと笑った思い出、マチの家から違う世界へ一人踏み出したときの不安な気持ち、
師匠に拾われて死ぬ思いをした3年間、離れた場所でみんなのことを思い出す切なさ、そしてこの前蜘蛛のアジトで起こったこと。
たくさんある思い出の中でも、いつも一番最初に蘇るのはクロロがこの石を初めて私の首にかけてくれたあの時の言葉。
あれはそう、私が出て行くはるか前。
「、知ってる?」
ルノーはいつもの優しい目元をさらに緩やかにして笑った。
「アイオライトの石言葉はね、『最初の愛』。」
ずっと守り続ける。
もう離さない。
「それをあなたに贈った人は…どんな気持ちだったのかしらね。」
窓の外を見ながら目を細めるルノーは私に何かを諭すように呟いた。
視界が歪む。
遊ばせていた石を握り締めた。
たくさんのことを一緒に見てきたこの石は今回も私の心を癒してくれる。
過去にはクロロの愛が確かにあった。
現在、未来、たとえそこに彼の愛を見つけられなくても
この石の記憶で私は充分強くいられると思う。
正直に言うよ。
クロロ、私は今まであなたがくれた幸せな記憶だけを力に生きてきた。
赦されなくても、きっとこれからも。