オーロラオーラ奏でよ賛美歌




夕日が特に綺麗だったのが記憶に残っている。 流星街で唯一綺麗な瞬間があると言えば夕日に照らされるあの神秘的な瞬間だけかもしれない。 燃えるような赤に包まれ、辺りの異臭さえ存在しないかのような気に陥る一日に数分しかない安らぎ。 晴れている日ならいつも姿を見せる太陽の輪郭が、あの日は特に大きく、そして赤かった。


寝床にしている空間で拾った本を夢中で読んでいたはずなのに、起きてみればガラクタでできた窓の隙間から赤い光が指し込んでいた。 今日もまた太陽が沈む時間になったのかと、寝転がってた身体を起こして穴倉から外へ出る。俺には朝起きて、夜寝るという一般的な習慣がなかった。

眠い時に寝て、起きたい時に行動に出るのが日課。この日は夕方、丁度太陽が姿を地平線に沈め始めた頃に目が冷めた。ちなみに何時寝入ってしまったのか記憶にない。

この街の夕日なんて毎日見ている。それはもう見飽きるほどに。その日は赤い光があまりにも美しかったから、好奇心に誘われ塒を抜け外に出た。ガラクタの山を登り、中身の入っていないドラム缶に腰を下ろす。

そこで俺は美しい赤い姿に感嘆する暇もなく、眉間を顰めることになった。呪いのようなボソボソとした声が聞こえてきたからだ。

俺の塒の辺りで人間を見た記憶は、これまで無い。寝床を奪いに来た奴がいるのか、そんな心配から声のする方へ足を向けてみれば女が一人、本を胸に仰向けに倒れていた。
泥で汚れた髪に、黒い油に汚れた肌。目を瞑っていても分かるほどに酷い隈を作った自分よりも幼い女だった。
『おいおい、さっきまで何か訳の分からないことを言ってなかったか』
起きろよ、そう肩を揺すってみるが返事はない。首に指を当ててみるとトクン、と弱い心臓の鼓動が伝わって何故か安心した。

まだ生きてる。
『どうしたものかな』 このまま放置しようかと思ったが、後々死んで寝床まで悪臭を放たれてはたまらない。先日寝床を奪いに来た奴を返り撃ちにして、死体は遠くに捨てていくべきことを学んだ。殺し、放置したそいつは3日後に腐ってハゲタカすら近づかない悪臭を辺り一帯に充満させた。それは耐えられない程酷く、ノブナガの家に避難する非常事態になったのだ。

『・・・連れて行くか』
面白いものを拾ったということにしようと一人納得して、女を抱えガラクタ山を降りた。とても軽い女、マチとは大違いだ。数日何も食べていないのだろう、痩せ細っている。


そういえば昨日拾ってきた缶詰があったはずだ。自分用にと持ってきた物だが腹は減っていない。あの女が起きる前に温めてやろうと女を寝床に置いて火を熾した。

ガラクタ窓から差し込む赤はもう消えて、外では星が輝きはじめていた。











「神様・・・。」

寝言だろう。ポツリと呟いたそのすぐ後に目から涙が伝うのを見た。
神様なんてものがいるのなら、なぜ俺達はここにいるのか。そんなものに頼っていてはこの街で生き残れない。

生きるために神なんて必要ない。

必要なのは強さだ。馬鹿馬鹿しい、やっぱりこの女捨てに行こうか、そう思っていたらタイミングの悪いことに女が目を覚ました。

「・・・ここどこ?」

食べ物の匂いに起こされたのか、気だるそうに体を起こす女はまるで眩しい物を見るかのようにゆっくりと目を開いた。







綺麗だ。
今の俺は滑稽にみえているだろう。
彼女のオッドアイを見た瞬間に走った衝撃にまさか口もきけないほど体が硬直しているなんて。
体つきから推測すれば年齢はマチやパクよりおそらく下。だが表情のインパクトは、俺と同じか少し上と言ったところか。

「・・・あなた、誰?」
また言葉を発したのは彼女、そして「寒い」と続けた。

「俺はクロロ。おまえ死にそうになってたから拾ってきた。」

ごはんだ、と茶碗を渡せば二つ色の違う目から涙が濡れた。
ありがとう、ありがとう、と頬張るその姿をなぜだか純粋に守ってやりたいと思ったんだ。
こんな風に生き物を拾ってきて世話をするなんて自分でもどうかしていると思う。

































は俺に、俺達に懐いた。ある日好奇心で拾った娘は年月が経つうちに自分達が守るべき存在になっていた。 この数年間、俺達は一緒に念の修行をしたり、使えそうなゴミを拾っては住居拡大に努めたり、他の仲間と食事を作って騒いだり、そんな俺にとっては普通の生活をしていた。

でも彼女は幸せだって、こんな街でも生きることの出来る場所を見つけたと俺達と居られることを奇跡だと言い、心から喜んでいた。


さ、もう年頃なんだからそろそろクロロと一緒に寝るのやめたら?」
そんなことをシャルナークがに言っているのを聞いていたらしいパクノダが俺のところまでフォローにきた。

「シャル、どうして?」
相変わらずの天然ぶりだな、とほほえましく思っていたらしいが 「男ってね、女の人が近くにいると結構大変なんだよ。」 という発言をが何のことを言われているのか理解できずにもしかしたら俺に聞いてくるかもというのだ。

もう5年もそばに置いておいて何もなかったなら男として自分の価値を疑いたくなる。 だいたいあの宝石のような人間をそばに置いて愛でない方がどうかしてるだろ、とパクに言ったらかなり驚いたようで 「あんまり年齢の早い段階で体の関係はどうかとおもいますけど。」そう思いきり棒読みされ笑った。












『なんでかな。同じ人間なのに、歳もそんなに違わないのに、なんで私の念はみんなより劣ってるんだろう。』
あの日彼女がそう言葉を発したときに、なぜ俺は気づいてやれなかったのだろう。
確かには俺やシャル、パク、マチ、ノブナガ、フェイタンたちと違って念の習得に時間がかかっていた。 本人が念を覚える必要は無い、お前は守られる立場の人間だと念習得に全員で反対したが彼女は聞く耳を持たなかった。

そして念を覚えられないなら出て行くという言葉に負けたマチが修行をつけた。 ノブナガやフェイタンも横から口を出してはそれなりに楽しそうにやっていて、『何で念がおとっているのだろう。』なんて発言すらしたこともなかったというのに。

俺はその日を修行に送り出し、彼女の発言に何の言葉を返すこともなく自宅という穴で本を読んでいた。 そして夜が更けても帰ってこないを迎えにマチのところを訪れると、彼女はもう数時間前に帰宅したという。 マチのところから俺達の家までは歩いても30分。

気づけば俺は駆け出していた。マチが後ろから追ってくるのが分かったが振り返らず、それから3日無我夢中で流星街を探し走った。 あれはそう、星が一面に輝く夜だった。

出て行きたいと思った理由なんて聞かない。

ただ、腕の中におさめて抱きしめてやりたかった。







君はまた、あの聖書を胸に一人で泣いていると思ったから。

あの、俺達が出会った日のように。