オーロラオーラ奏でよ賛美歌


この世界のどこかに存在する流星街という区域がこの世には存在します。世界地図には無いそこは私達の知る世間から見放された地域。 集まる人間はその人生に名前を残せない人物ばかり。世界から認知されず、人間以下の扱いを強いられているのがこの街の日常なのです。 世界中から集まるゴミに囲まれ、その中から食べ物を探し、寝床を探し、住人との争いを避けながら過ごす。賢く、そして他人に対して残忍でなければ到底生き残れない。

そんな無秩序なこの街に、ある日女の子が一人捨てられていきました。
流星街にしてはとても静かな冬の夜に辺りが静まり返っていた時、その女の子を乗せたジェット機が油とヘドロが浮遊する海に着陸したのです。
ジェット機から降りてきた男は、一般の生ゴミ用のポリ袋を肩に担ぎ、100メートルほど先にある壊れた電化製品が積み上げられている山にその袋を置いて帰っていきました。


ジェット機が流星外を去って丸一日後、袋の中で女の子が目を覚ましました。歳は十。盛大に祝うはずだった誕生日の日に両親を殺され、ここに捨てられたそうです。 親譲りだという明るいブラウンの髪は長く、祖母譲りという端整な顔立ちは幼さを残しながらも際立って美しい。
何よりも彼女を神秘的に魅せていたのは二つの異なった瞳の色。遥か北の王国の女王が愛したと有名な宝石のように美しいマンダリンガーネットの左目。 右には太陽に照らされた南国の海に負けない美しさを持つブルーレースの瞳。

 

ポリ袋から抜け出して早三日。彼女は流星街を歩きながら、飲みかけの飲料水が入ったペットボトルを見つけてはそれを飲み、空腹を凌いでおりました。


 

 

 

 


あと二日中に食べるものを手に入れなくてはならない。最小限の水分でここまで凌いできたけれど、一刻一刻体力が限界へ向かっている。
数日後には自分もああなるんだ、そう真横に転がる人間の死体を食い漁るハゲタカを見ながら自分の未来を想像した。
ここに来て既に三日。これまではバケツにたまった雨水やペットボトルに入っている少量の水分を摂って何とか生きてこれたけれど、明日はどうなるか分からない。
どうしようもない絶望が希望と、ここから逃げ出したい感情を呑み込んでいく。
こんな臭い場所で、本当のごみとして死ぬなんてことが「普通」ではないことは私にも分かる。それはすごく孤独な死に方だ。
母方の祖母は病院で家族に囲まれて安らかに死んだ。私も、彼女のように死にたかった。


そうだ、死ぬならせめて両親と一緒に死にたかった。

こんな処に捨てられるなんて、生きるよりも辛い人生の始まりでしかない。


夕日が流星街を照らす。私は背の高いゴミ山に座って、太陽が沈みかける水平線を眺めた。
波が静かだ。孤島の街、流星街を覆う海の汚さも、こうやって真っ赤に染められると分からない。
あんな海を一瞬で綺麗な赤に変えられる太陽は偉大だ。肌に届く夕日の熱が、自分はまだ生きているって教えてくれる。

彼女を包む一瞬の優しい時。ただ、異臭だけはまるで「お前は逃げられない」と言うかのように相変わらずその場に立ち込めていた。















『誕生日パーティをしましょう。』

両親は私の誕生日を毎年盛大に祝った。だけど、今年は特に力を入れて準備をしていた。十歳という区切りのいい誕生日の年だったからだ。
半年前には親戚をはじめ両親の友人、同僚に誕生日パーティーへの招待状が届けられ、三ヶ月前には会場を彩る装飾品の買い付け、ゲストにする挨拶の練習などが始まった。

過去に無く素敵なパーティになるはずだった誕生日の夜、私達家族は狙われた。
私と母は、シャンパンコール直後に掛かってきた電話を取った父を残し、知り合いに挨拶をして回っていた。妹は外のお庭で従兄弟達と遊んでいたのだと思う。シャンデリアが光る大広間にその姿は無かった。
母に手を引かれ、バルコニーでお酒を飲んでいた叔父に挨拶に向かった。ガラスの扉を開け、バルコニーに足を踏み出したその瞬間、塀の向こう側から銃声と大人の叫び声が聞こえてきた。
塀の外側から私達のいる建物に真っ黒い服を着た人間が侵入してくる姿を見た。その後一瞬でパニックになった一階。私達がいる二階へ逃げてくるゲストが沢山いた。
大人数の大人に揉みくちゃにされながら、私は必死で抜けだそうと精一杯足掻いた。

『きゃっ!!』

瞬時、右手を物凄い力で捕まれて声を上げた。掴んだ人間は、父が雇ったガードマンの一人。私を混乱から引きずり出して、螺旋階段の下に移動させてくれたのだ。

『お嬢様、御自室に戻り身を隠してください。鍵をかけてはいけません。いいですね?』

『・・・分かりました。』

急いで螺旋階段を駆け上がった。

彼に言われた通り、部屋の端っこにあるドレッサーの下に身を隠した。凍える赤ん坊のように丸くなって、愛読している聖書を懐でこれでもかというくらい強く握り締めた。

それから数分、銃声と叫び声が止むことは無かった。終には両親の聞いたことのないような悲鳴が家にこだまして、その後私を逃がしてくれたガードマンの断末魔が聞こえた。

階段を駆け上がってくる数人の足音に、体が硬直して動かなくなった。部屋のドアは一瞬で壊され、私は目をギュッっと瞑った。不思議なことに震えは無かった。
悲鳴を上げた両親が死んだとなんとなく分かっていて、悲鳴すら聞こえなかったけれど妹も従兄弟も叔父さんも叔母さんも、みんな天国に行ったんだと思った。

そして次は私の番なんだって覚悟した。みんな天国にいるなら、私も行きたい。
そう思ったから、震えがなかったのかもしれない。

『お嬢ちゃんみーつけた。これから死ぬより辛いところへ連れていってあげるね。』
オカマのような独特な話し方。すぐにポリ袋の中に突っ込まれたから、犯人の顔は見ていないけれどあの声の主を私は知っている。
父の仕事や会議で、我が家は外部の人間が行き来する言わばオフィスのようなものだったから、父の仕事仲間も何度か見たことがあるのだ。

この人は父の同僚の一人だ。


両親は仕事でこの声の主の恨みを買ったに違いない。
それまでも外出中に襲撃にあったことは何度もあったし、職業上敵が多くなるものなのだといつか父さんが笑っていた。

 

ナイフで刺されることもなければ銃で撃たれるでもなく、私は手足を縛られ引きずられるように1階へ降ろされた。







何かの乗り物に乗せられて、下ろされる。降りたそこでは嗅いだことのないような悪臭が鼻を刺した。
袋後と投げられた私の体は、男の力で電化製品の上に放り投げられ、袋の中に真っ赤な水溜りを作った。

「じゃぁな、せいぜいもがいてここで死ね。この流星街でな!!」

朦朧とする意識の中でそんな声を聞いた。









3日間は何とか生きることはできた。
明日は?
私、死ぬのかな。


「我れいかなるときも慈しみ主の元へこの魂をおくらすことを誓います。」

コンクリートの瓦礫に座り、唯一の「友達」のページを開き、祈る。

今私が持つものはこの友達の聖書だけ。怪我だらけの体に、みすぼらしい衣類。

もう、私には何も無い。

こんな私でも神様、あなたは天へ歓迎してくださいますか?