「マチ、捕獲しろ。」
やっぱり、こうなるとは思っていたけどね。
クロロの命令に私は軽く肩を落とした。
旅団全員、レアがだと思い込んでる、そしてその「」と同じ姿を持つ私は実に怪しい人物だと。
クロロの捕獲しろ、という言葉がその裏づけだ。
抵抗せずおとなしくマチの念糸に囚われた。逃げたらその際に仲間に怪我をさせてしまう結果になるだろうから。
後ろから膝に足を入れられ、そのまま地面に跪く。
まぁ、驚いたといわんばかりの妹は私の目を凝視して離さない。
冷静なクロロもどうなっているのか飲み込めていないかのように膝に腕をつき考え事をしている。
「誰かに変身できる能力とかかな。」
誰だか分からない女の子が私を覗き込んできた。大方後から入った旅団員だろう。
「にしても本当にそっくりだな、おい。」
ノブナガが愛刀の鞘で私のあごを突き上げた。
「この女、私知ってる。」
レアの声もまた歳を重ねて変わったのか、昔より落ち着きしっかりした声になっていた。
人差し指を私に向け堂々と立ち上がる彼女が続ける。
「私があのクラブで働いていたときにね、第二の・ラプソドルが出たって噂になったことがあるの。
なんでもその女は・ラプソドルと同じ容姿をしていて荒稼ぎをしてるって・・・。
あの時は私のお客さんも減って大変だった。ちょうどクロロやみんなが迎えに来てくれたころの話よ。」
クロロ達が迎えに来た?
『』を?
マンダリンガーネットから涙が一筋流れた。
クロロは・・・みんなは私を探してくれていたんだ。
皆に何も言わず勝手に出て行った私をこの5年もの間。
下を向き、涙を見せまいと髪で瞳を隠した私の右頬に、レアのハイヒールが思いっきり飛んできた。
「くっ・・・」。歯が1、2本飛んでいった。
「あなたのせいで・・・、私がどれだけ辛い想いをしたか分かってるの、ねぇ!?」
彼女もまた涙をためて私に罵声を発する。そんなレアを見かねたクロロが華奢な体を再び腕の中に収める。
レア・・・。あなたはなにも変わらないね。
昔からそう、お母様やお父様に取り入りたくて嘘ばかりを並べて、自分に利益がもたらされるのなら他人の心が傷つこうと構わない。
10歳という年齢だったけれど双子でありそんああなたを私は大嫌いだった。努力もしないでお母様に懐こうとするあなたのその存在が。
彼女が私に向ける感情も同様だろう。両親は大人だ、毎日のように綺麗ごとや嘘を並べ両親から疎く思われていた。
それは私からすれば彼女の性格が招いた自業自得というやつ。私は彼女の何倍も努力した。
聖書の勉強も、家庭教師との勉強も、そしてお父様の仕事の勉強も。
一緒に暮らしていた10年、両親は私を姉妹と思いなさいなんて言ったことがない。今思えばレアは両親の子供として扱われていなかった。
でも愛を求めていた彼女は両親に可愛がられる私を恨んだにちがいない。
生き別れて10年、感動の再会どころかさっき彼女が言い放った言葉と行動がいい証拠だ。
「イルミが言ったとおり念はかなり使えるようだな。その姿も念によるものか。」
感心したような声でかつての恋人が近づき私を見下す。その瞳はとても冷たい。
「・・・あなた、あの女の恋人よね。彼女黙らせてくれないかな。」
精一杯の牽制を込めてやっと第一声を口にした。
クロロの『』と声までも似ていたからか、少し目を細めて口元に吊り上げた笑みを作った。
私の言葉に怒りマックスのレアが後方でクロロに偽者を殺せと騒ぎ出す。
うるさい・・・。
「黙りなさい、首飛ばすわよ。」
レアよりも低く、冷たい声で言えば一瞬で肩をビクつかせマチの後ろに隠れる妹。
どうやら一気に増幅させたオーラを感じ取れないほど馬鹿ではないらしい。
マチから念を習ったとき、私はちょうど今のレアくらいのレベルだった。皮肉ね、姉妹そろって念習得が苦手だなんて。
「目的は何なの?」
クロロと並び私の前に立つシャルが私の髪を引っ張り頭を地面に叩きつけた。
目的?私はただイルミの手伝いに来ただけ。額からは血が流れているらしい、ベタベタした感覚が気持ち悪い。
「依頼だと…思ってきたけれど、そうね、目的変更。その女の殺害かしら。」
ガンっ!!どさっ!!
私の体は文字通り吹っ飛ばされた。クロロの長い足によって。レアの殺害という言葉が彼の逆鱗に触れたみたい。
念で固めたものの腹を蹴られて立ち上がれない。こんなの師匠にやられて以来のこと。
さすが・・・強いねクロロ。
「ほう、まだ死んでないか。」
私が動いたのを見てわざとらしく漏らした。うそつき、まだ殺す気なんてないくせに。
私は蜘蛛と言う人間達も、そして彼らにまつわる噂もある程度知っているつもりだ。
彼らをこれだけ侮辱した人間を、一瞬で殺すなんて優しいこと彼らはしない。
「フェイタン、あの女好きにしていい。明日パクノダに調べさせるからそれまでは殺すな。」
そう背を向けたクロロは黒いコートにレア包み、奥へと姿を消した。彼の背中を前に溜めこんでいた涙が零れ落ちた。昔は「守る」と、「殺す」とは正反対違う言葉を囁かれていたのに。
後姿がこんなにも遠い。
まだまともに立てない私の体をフェイタンが無理やり引きづり移動を余儀なくさせる。
旅団員の姿が遠ざかっていく。
私を蔑むような彼らの笑いが遠ざかっていく。
遠くへ。
遠くへいってしまったんだ。
クロロも、みんなも。
涙はいつしか嗚咽に変わって、視界を砂利が覆う。
クロロが好きといってくれたブルーレースも今は地面に引きずられて真っ赤になっているだろう。
その夜、地下からは一晩中拷問具の音がした。