ザ・ダイアモンドDAYS


日曜日、と買いに行った大量の楽譜。出費は7万円を超えた。

冬のコンクールの自由曲にしようと決めていた「冬の追悼」。
コンクールの応募用紙、自由曲の欄にすでに記入していたその題名に斜線を2本入れて、昨日買ってきたショパンが作曲した私のお気に入りの名前を書いた。

Chopin Etude #C op.4-10

中学3年の冬に行われたコンペティションで弾きたかった短いけれど過激なエチュード。
当時の私が、コンクールまでに完璧に仕上げることが出来なくて断念した作品。3年間温存していたそれを今年、弾く。
自分の音楽への情熱を表現するのなら、エチュード以外にない気がしたんだ。








昨日買ったばかりの楽譜は新しい紙のにおいがする。その香りを楽しみながら進む目的地、第三音楽室。
気分転換とはいえど一週間ピアノをサボった代償は大きいだろうか、そんなことを考えながら音楽室入り口の引き戸の鍵を開けた。

第3音楽室の戸を開けると、とても誇りっぽい香りがした。
ここは斎藤が使用している第一音楽室と違い、授業で使われることのない教室。
私が1週間ピアノを弾きに行かなかったことで換気がされてないらしい。






音楽室の全部の窓を開けると、左から右へ勢いをつけた風が吹き込んだ。壁に貼り付けられたポスターが音を鳴らして揺れる。
冬のコンクール、正式名をマデルア コンペティションという名の通り日本中のピアニストが集い繰り広げられる演奏技術の競争会。
私はこの2年、予選落ちをしている。中学3年でB級最優秀賞の私が、その後辿った墜落に関係者は呆れたことだろう。
唯一目をかけてくれたのは金本先生だった。あの人に恩返しするためにも、私は今年返り咲く。

絶対、誰にも負けない。無論、毎日のように顔を合わせるライバル、斎藤にも。

今の私なら、きっと目標に近づける。
金本先生が、手塚君が、斎藤が、そしてと菊丸君が聴いてくれる。私の音楽を。




もう大丈夫。


「ごめんね、待たせちゃったね。」
薄っすら誇りが被ったピアノをなぞり、椅子に腰を下ろす。

大きく深呼吸をした。







今から、私の新しい一歩が始まる。





























研ぎ澄まされている神経を横から断ち切った旋律は、今俺が引いているそれじゃない。
曲の最大の盛り上がりでパッと走らせていた指を止めた。

止んだ俺の旋律を繋いだのは、下階から聞こえてくる音色だった。




この音は、俺が憧れたピアニストの音。








横に座り俺の練習を見ていた金ちゃんも目を見開いて、何かを悟ったかと思えばフッと笑みを漏らした。
「ようやく目覚めたか。」

この一週間、放課後姿を見せなかった子。

その期間に何があったのか、尋ねてみようとは思わないが、どうやらや不二が動いたらしい。


敬意すら抱くその音色に体が震える。鍵盤の上で握り締めた手が震える。


「…っ。やべーよ金ちゃん!!俺、子に負ける!!」
ぎゃーぎゃー騒ぎ出す俺に金ちゃんはあくまで冷静だ。

「全力を尽くせばいい。賞などその次だ。騒ぐ時間があったら練習。続きから、始め。」

「金ちゃん無理、手震えてる。」