One for All









One for All



12







どしゃぶりだった昨日、快晴の今日。
俺は絵理がいるであろうE組の教室に向かい階段を上っている。2年はA組からD組が2階のフロアを3年のクラスと共同で使用していて、2年E組からI組は3階を総占拠している。大きな校舎だから授業と授業にある10分の休み時間に上まで行って、用を済まして降りるのは難しい。今まで絵理に会いに行く時はいつも昼休みを利用していた。少しでも長く一緒にいたかったし、長く声を聞きたかった。
絵理の教室に入ると、一人で窓際に座って課題をしている彼女がいた。何も言わず近づき前の椅子に座ると顔を上げた絵理。耳にしていたヘッドフォンを取って俺の名前を呼ぶ。そして笑う。いつもなら抱きしめたくなるその笑顔が、今日は全く別物に見えた。
「…どうしたの?精市君。」
いつもと様子が違う俺の顔を覗く彼女の目。『これが最後だ。』昨日から何度も心の中で呟いた言葉が蘇る。
ギュッと握った手は少し汗を掻いていた。
「・・・別れてくれ。」


それぞれの会話でざわつく教室内。俺と彼女のいる空間だけ時間が止まったように氷つく。目を丸くして、持っているペンを震わせる絵理。
表情は青ざめていた。マズイことがばれた時に人間が見せる表情だ。
「理由は分かるよね?」
浮気の理由を聞こうとは思わなかった。何も言わない震える手を最後に見て、俺は席を立ちあがった。
「幸村今日は長居しねーのか。」去年同じクラスだったE組の男子が教室を出る時俺にめずらしいなと声を掛ける。何も言わず、視線だけで頷くと「久賀のやつふられたな!」ふざけてそう言った。そいつは可笑しそうに絵理の方に目をやって固まる。彼女が泣いていたからだ。「え、ちょっ、ほんとに…?」慌てる男と、泣く女を置いてE組を後にした。

付き合っていた期間は長いものじゃなかったけど、大きくなりすぎていた気持ちのせいでやっぱり辛い。




!お前と言うやつは!!」
人が感傷に浸っている時に耳に響いたのは真田が呼んだ人物の名前、『』。今、無性に顔を見たいのは何でだろう。彼女ならこんな湿気った気分を飛ばしてくれそうな、そんな気がするんだ。無動作に廊下に落としていた視線を上げると階段を挟んだ先、F組の廊下に真田と琴音ちゃんが立っていて、教室から少し見えるスカートが揺れた。あの腰の高さは細野さんかさんだ。
「何だこれは!?説明せんか!?」
真田は一枚の紙切れをその人物に突き付ける。あまりの怒鳴り声に周囲が何だ何だと視線を集めていた。面倒くさそうに、教室から廊下に出てきた揺れるスカートの人物はやはりさんだった。

「文句なら、男子テニス部の部長に確認してから来て。」
「・・・俺が何?」
バッと3人が俺を見る。どこから湧いたんだ、って顔してるさんと真田。「幸村さん、その件ではどうも。」そう頭を下げた琴音ちゃんは、今までと同じように笑いかけてくれた。昨日、彼女の自宅にお邪魔してさんとのいざこざについて説明した。そして男子テニス部に回されることになった多額の部費について俺はある提案をしたんだ。

『今から生徒会に申し出ても決定した部費の配分は変更してもらえないと思う。だから女子と男子の部費管理を一緒にしてしまおう。両方の部活の共同口座みたいにすれば女子テニス部で必要なものもその中から買えるだろう。』

それは、女子テニス部にも今まで以上の部費が回されることを意味していて、琴音ちゃんは何度も「ありがとうございます。」と頭をさげた。全部の問題を作ったのは俺だから、礼を言われる権利なんてないのに。恨まれても仕方ないことをしたのに、そんな感情をひっくるめて他人に礼を言える女の子という生物は本当に大人だ。


「幸村!これを見ろ!!」
真田はさっきまでさんに突き付けていた紙を俺に渡す。それは部費から何かを購入する時に使用される書類、つまり後に生徒会に領収書代わりに提出される書類だった。購入予定物の欄には「テニスネットx3」とあって、下の予想金額の欄には滅多に見ない桁の数字が書かれていた。

ええ、っと内心声を上げた。女子テニス部のネットは元々男子テニス部のお下がりで老朽化が激しい現状は知ってる。それに腕を上げ始めた女子部員、強いスマッシュでも売ったら本当に破れることもあるかもしれない。買ってあげたいけど一度に3つはかなりキツい。

「2つじゃだめかな。3つ目は男子のスペアを渡すよ。」
「幸村!甘やかすな!」
「五月蠅いよ、真田。俺はと話をしてるんだ。」


初めて名前で呼んだ。
















「女子は今日レギュラー決めだそうですよ。陣内さんがはりきっていらっしゃいました。」
が昼休みに対戦表を作っていたな。」
筋トレを一通り終えたレギュラー陣。柳と柳生が汗を拭きながらしていた雑談を聞いていた切原が突如手を上げて飛び跳ねながら俺達の方へ駆けてきた。
「俺!見に行きたいっす、先輩の試合!!!!!いいっすか副部長!?」
普段なら間をいれず反対するところ、俺は判断を部長である幸村に任せた。

「どう思う幸村?」
「行きたいんだろう真田、君が。」
本音を突かれキャップを被り直した。否定はしない。今、にどれだけの実力があるのか見たいという気持ちは確かにある。


去年の全国大会で華々しい結果を残した「レッドローズ」はその2カ月後から公式の試合に姿を見せていない。「サンシャインゴールド」と呼ばれた浜野も同じように。

『辞めた?』
久しぶりに顔を見に行くか、そう決めて訪ねたの自宅で本人から発せられた言葉を俺は理解することができなかった。あれは昨年の10月のことだ。
『何故だ!?なぜ辞めた!?』
怒鳴り声を上げた。何も言わず、目をじっと見てくるだけのの胸倉を掴んで問う。帰ってくる言葉はなく、気分を害した俺は帰宅した。それから数週間後、街でと会ったという琴音から月ヶ丘女子で起こったイジメの事実を聞き、俺は持っていたラケットバックを落とした。テニスを辞めなければならない程酷いものだったということだ。カッと頭に血が上り怒鳴り付けてしまった幼馴染。はどんな思いだったのだろう。自分のしたことをあれ程後悔したことはない。

に春から立海に来ないかと勧めました。』
『そうか。』
そうなればいい、そう思った。琴音が傍にいればはまたテニス始めるだろう。立海にいれば、俺達が守ってやれる。幼稚園の頃からあいつは何でも自分でこなし、弱みなど見せない女だった。両親が傍にいなく、兄弟もほとんど家にいないという育った境遇のせいもあるだろう。だが完璧に振舞う人間ほど、脆いものはない。

「行こうか。」
幸村を先頭に、レギュラー全員が女子コートへ歩き出した。
「さっすが部長〜!」
幸村の背中に飛びついて騒ぐ赤也の声がやけに遠くに聞こえた。















「すごかったよなぁ、の試合。」
タオルを頭に置き、露天風呂に浸かる丸井はぽかーんとした顔で言った。「サンシャインゴールドも予想以上じゃった。」仁王は浜野さんと仲がいい。一緒に帰るところを何度か見かけた。けど、彼女の本気のテニスを実際に見たのは初めてだったようだ。
さんは男子テニス部にいてもレギュラーを獲れるかもしれませんね。」
「あいつ男だったらきっと幸村君みたいになってたぜ。」そんなことを丸井が言う。うんうん、と自分の発言に頷く丸井、柳が微笑した。
が男だったら、か。面白い想像だな。」
「でもあいつ本当男っぽいとこあるぜ?人前でいきなり着替え始めたり、男より女が好きだとかさ。男なんて芋だって言ったんだ!ひでーよな。」
へぇ、と手を水の中で泳がせた。芋は確かに傷つくな。仁王は腹を抱えて笑っている。


先輩って胸全然ないっすよね。」
『全然』にアクセントをつけてそんなことを言いだした赤也に、全員の注目が集まった。批難の眼差しだ。「な、先輩達だって男でしょう!?気になるじゃないっすか、そうゆうトコ!」顔を真っ赤にして発言を正当化しようとする赤也に真田は頭を抱え溜息を吐いている。ジャッカルは苦笑い。

胸あるよ。ねぇ、真田?」
赤也以外の一同に『幸村、お前もか。』そんな表情をされた。
は部活中晒を巻いているからな。制服を着ている時に会えば幸村の発言が正しいことを確認できるだろう。」
「柳先輩は知ってるんじゃないっすか!?大きさとか!!」
「赤也!!!!」
真田が勢いのあまり立ち上がる。
「これ以上破廉恥な発言は赦さんぞ!」
「わーすみません!!」
分かればいい、そう呟きまた身体を水に沈めた真田。赤也は丸井によしよしと頭を撫でられている。ピタリ、会話が途絶えたところに発せられた女の声に俺達は全員、身体を硬直させた。


「柳ー。サイズは秘密にしといて。」
「ああ、もちろんだ。」


「隣は女風呂だ。何だお前達知らなかったのか。」
固まる俺達にしゃあしゃあと言った柳。次の瞬間には全員でお湯をぶっかけた。



















男の子って、違う生き物