滴ー造りモノ
滴
「もう二度とここに来るな。」
吐かれた言葉は残酷で、言われた彼女はショックを隠しきれない様子だった。
傍で聞いていた者達もまさかの言葉に、お互い顔を見合せるだけでその場の空気を和らげようなんて無駄なことは誰も試みない。
出て行こうとする華奢な背中は震えていた。
とても弱弱しく、前に進もうとする足についていけないのだろうか、胴体を支え切れていない。
今にも崩れそうな体はまるで老婆のモノの様だ。彼女を支え、とりあえずこの場から連れ出そうとする女官達は困惑を極めている。
「本当に良いのですか、導師。」
「何がだ?」
まるで何事もなかったかのように読み途中の本を開く彼に確認の質問はなんの意味もなさない。
「ヴェルナ様はあなたを心から愛しておらー」
「クレフ!・・・・言ったはずだ。今、アレは俺にとって邪魔な存在でしかない。
好きな女を愛しながら導けるほどこの世界は甘くない。」
「余計なことを聞きました。」
理性では彼の言い分を理解できた。国の責任を任される者が個人的な感情でその業務に支障をきたしてはならない。
だが感情はそれを受け入れようとしない。自分が幸せになれずにこの国を幸せにすることなどできるのだろうか。
ただ、あまり深く彼の心に踏み入れな方がいい。
今、誰よりも傷ついているのはこの人だから。
”お前には覚悟がある。何を捨ててでもこの国と運命を共にする覚悟が。だから俺の後継者に選んだ。”
覚悟があるか、などと聞かれたこともないのに勝手な偏見でモノをいう導師に苛立ちを覚えないかと聞かれれば嘘になる。
それでもこの人は師でありこの国を導く方、苛立ちよりも尊敬の方が勝るのは当然のことだ。
理由こそ覚えていないが、小さいときから導師になりたいと思って修行を続けてきた。
そんな中、縁があって知り合った現導師ゼストによって、描いていた導師と言う理想像を一気に粉々にされたのは言うまでもない。
”導師なんて人生を無駄にするだけだ。やめておけ。”
いつかゼストが私に告げた言葉は本心だったのだろう。
導師なんて地位についてさえいなければ、彼はヴェルナ様と幸せな今を手にしていた。
その数日後だった。
ゼストが血まみれで城へ帰ってきた時、彼は涙を流していた。
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