Sinfonietta

っく・・・はっぁ
腕2本を念の手錠で拘束され、繋ぎとめられているのは太い下水道パイプ。

視界に入るのはガラスが入っていない窓の格子と、コンクリートの冷たい壁、そして金属のドアは自分のいるちょうど反対側に一つだけ。

体がこの状態に拘束されて3時間といったところだろうか、もう傷口の感覚すらないものの血の量から肉が抉れているのを理解している。

本当の廃墟というのはこうゆう場所をいうのだろう。ここに比べれば、蜘蛛のアジトがある場所は、廃墟の中で言ったらスイートクラスだ。





腕にはめられている手錠は囚われた人間を完全に絶の状態にするらしい。

さっきから試みているものの、私の念がまったく発動しない。

「おとなしくしてなよ、ベッピンさん。」

ガンっ!

「っく・・・。」

男が私の足を蹴り飛ばして高らかに笑っている。

今の一撃で右足の関節は足首から腰まで外れた。

全身が痛みを通り越してもはや麻痺している。


「そうビクビクすんなよ、あんたはまだ殺さないよ。蜘蛛の頭をおびき寄せる餌だからな。」

男の汚い手が私のあごを上へ向かせる。


「さわるな、汚らわしい!」

罵声はコンクリートの壁に跳ね返りこだました。


男は相変わらず気持ち悪い笑みを止めない。






今日はクロロと出かける予定だった。

落ち合う約束をしていたのは18時、時間前行動モットーのわたしは30分前にアジトに足を踏み入れた。

そのとき感じたのは旅団員以外のオーラ。

いつもはクロロが本を読む場所に座る男。

少し苛っとした感情が体を駆け巡った。まるで蜘蛛を馬鹿にされたような感じ。

言葉を交わすまでもなく私が姿を見せてやく0.5秒、据わっていたコンクリートを破壊して私に投げつけてきた。

この口が裂けたかのように大きい、体格もガッチリしたこいつは私の経験から言うとおそらく強化系だ。


私嫌いなのよね、強化系って。














なんでこんな日に限ってアジトに誰もいないのだろうと、昨日の仕事を終えてさっさと出て行ったほかの団員をうらんだ。

男の姿を捉え攻撃を入れようとしたそのとき、

「へへへ掛かったな。」

発動させた念は地面にまるで魔方陣のような紋章を作り浮かび上ってくる。

その紋章の先端は鞭のように男の手に握られている。ちっ、具現化系か。

そしてオーラを吸収されていく脱力感が一気に私を襲った。

あのオーラを一瞬で吸い取る光の中に入ってしまったのは私の今までの人生経験上、最大の失敗だ。

そのあとはよく覚えていない、なにせ殴られ蹴られ、意識を失って、次に目が覚めたのはこの廃墟だったのだから。






















「あんた、ひとつ忠告しとく。」

口の中に滲む血を吐き出して、殺される前に一つこの行動が無駄なことだと諭してやろうと私の中に最後の親切心が生まれた。

「団長は来ないよ。」

私は蜘蛛の足。足が1本取れたからといって蜘蛛は死なない。

その無くなってもいい部分を頭が迎えにくるなんてことあるわけが無い。







団員としての私も、クロロの女という私も、彼にとっては替え玉が利く言わば「あってもなくてもいい存在」なのだ。

ゲホゲホっ・・・

自分の血なんて見たのは何年ぶりだろう。

蜘蛛に入ってからの3年は見てなかったと思う。

ベタベタの血が私の服を汚していく。




非常に不快。

















クロロと出会って2年。

たまに一緒に出かければ団員達が冷やかすけれど、愛してるも大好きもない私たちは、海に浮かぶクラゲのように自由で

必要なときだけ一緒にいる私たちは、まるでリスのように自分勝手だった。

男と女という既成事実があるだけでそこに恋愛感情があるのかなんて分からない。

今まで大切にされてる感なんて気づいたことも一度も無い。


















なのに

なんで




なんで来てほしいと願っているのだろう。





頭は相変わらず冷静だ。クロロが来ないことの可能性を順序を追って説明してくる。

だけど、その頭に対抗して胸がすごく熱い。

この涙も胸の仕業だろう。

泣いたのはクロロに初めて抱かれたとき以来だ。






大好きだ、とちゃんと言っておけばよかった。

恥ずかしくても、こんな風に死ぬことがあるなら

顔を真っ赤にしても気持ちを押し付けておけばよかった。









「もう遅いのに。」

と小さく苦笑して意識を手放す。






最期に気づいた気持ちは間違いなく恋だった。