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  異世界から三人が訪れる度に行われるお茶会。
彼女たちがこの世界に訪れる様になってから、もう幾度行われただろう。
だが、そのお茶会にこの国の導師が参加したのはほんの数える程しかなかった。
今回もいつも通りに仕事で出られないはずだったが、珍しくひょっこりとお茶会が行われている中庭に顔を出したのだ。

それをみて嬉しそうに顔を綻ばせ、お茶の用意をしようと席を立った海を止めるように彼女の名を呼んだ。
『皆、すまんがウミを少し借りる』
そう言ってクレフは彼女の手を取り、来た道を引き返す。

『…え?クレフ、一体どうしたの?』
クレフの行動に驚きつつも逆らう事もなく、彼に引かれるまま海はその後に従った。

二人が恋仲である事はこのお茶会に出席するメンバーには周知の事実。
クレフがこんな風に皆の前から海を連れ出すのは始めてであったが 特に気にする様子もなく、そのままお茶会は続けられる。
そんな中、光と風だけが安堵の表情を浮かべているのを一瞥し、クレフはその歩を速めた。



海の疑問に答える事もなく、クレフが向かった先は このセフィーロ城の中でもひときわ大きな扉の奥にあるクレフの部屋だった。 二人が部屋に入ると自動的に扉が閉じてゆく。
それを確認することもなく、クレフはそのまま奥にある寝室までぐいぐいと海を引く手を緩めない。

『ねえ、クレフってば!』
何も言わないクレフの態度に、多少の不安を覚え声をかけるも返事は返って来ない。


手を引かれた先の寝室には、二人で寝ても充分な程大きなサイズのベッドしかない。 びくり、と海の身体が少し震えた。
手を繋いでいるクレフがそれに気づかない筈もないのに、海はそのままどさりとベッドに沈められた。
そしてその上に覆いかぶさる様に…クレフの顔が近づいてきた。

『だ、だめっ…』
とっさに彼女の手がその口元を覆う。
顔を赤らめながらも、照れているだけとは違う、意志を持った強い拒絶。

『なんだ、自覚はしているのではないか』
クレフはその行動に、嫌な顔をするのではなくむしろ満足気に笑う。
『な、何の事?』

まさか。

クレフとは今日はまだほとんど会話もしていない。
顔すらまともに合わせていなかったと言うのに…。
でもそのクレフの言葉から思い当たる事はひとつしかなかった。



『…自身の体調の事くらい、解っているのだろう?』
全く素直じゃない…半ば呆れた様なクレフの言葉に、海はもう観念するしかなかった。

『薬飲んだし、全然大したこと、ないもん……大丈夫よ』
確かに自覚はあった。
昨日の夜から微熱があって、そのせいか少し頭もぼーっとする。

でも、昨日きちんと薬を飲んで温かくしてゆっくり休んだのだ。
念の為にと今日も風邪薬は飲んできた。

顔や態度に出る程の体調ではないはずなのに
何で、そういうのは気づくのよ……

『たまには私にも心配させてくれ…それに、明日は精霊の森まで出かけるのだろう? そんな体調では行けないぞ』

幼い子供をあやす様に、ゆるりと頭を撫でられる。
昔なら「子供扱いして!」と怒っていたかもしれないその柔らかく動く手を、今は素直に受け入れられる。
その私を見る瞳が、温かい指が、私を心配なんだって言葉以上に伝えてくれていたから…。



『薬湯を作って来るから、それを飲んだら少し休め。
 私は隣の部屋で仕事をしているから、何かあったらすぐに呼ぶといい』

『ありがとう…』
クレフが部屋を出ていくのを見送り、大人しくベッドに潜り込んだ。
元々、光や風やセフィーロの皆に必要以上に心配されない様にと、体調の悪さを隠そうとしていたのだ。

クレフが何も言わずに連れだしてくれたお陰で皆には心配をかけずに済んだ。
彼には心配をかけてしまったけど…ばれている以上もう隠す必要はない。

『でも何だかいつもと反対で、少し新鮮かも・・・』
いつもは、無理をし過ぎるクレフを私がベッドに押し込める役なのに今日は全く逆の立場になっている。
そんな事を考えながら布団に包まると、ふわりとクレフの薫りが鼻腔をくすぐった。

彼に抱きしめられている様な温もりに包まれて…海は少しだけ、体温が上がるのを自覚した。






『ウミ、薬湯を・・・』
やはり体調のせいだろうか、クレフが薬湯を持って戻って来た時には海は眠りに落ちていた。
ベッドサイドの小さなテーブルに薬湯を静かに置き、クレフは海の寝顔を覗きこむ。
ここ数年で、随分と大人びたと思っていたがこうして見る寝顔はまだまだ幼く見える。

『いつもこんな風に、お前に心配をかけていたのだな…』
自嘲気味に呟かれた言葉は、今は彼女の耳には届いていないけども
それが届いた時の彼女の返答は容易に想像出来た。


『わかったなら、これからはもっと自分の身体を大事にしてよね!』
怒ったような口調だけども、彼女らしい明るい声で言われる事だろう。

それを想像しただけで、俄かに口元が緩むのを自覚し
誰も見ていないのはわかっているけども足早に寝室を後にした。







一晩ゆっくり休めば、きっと明日にはいつも通りの彼女の笑い声が聞けるだろう。

酷くないとは言え、体調の悪さを隠そうとしたのは
皆に心配をかけたくないという彼女の優しさから。
特に、ヒカルとフウに恋人と過ごす時間を自分の為に割かせる事をひどく気にする。

逆の立場の時はそんな事気にするなと言うというのに、というのは軽い嫉妬。
だがそんな彼女の心がとても愛しいと思う。



しかしこの分だと夕食の時間に目が覚める事はなさそうだ。
こちらで私ととる事にして運んでおいて貰おうか…

ああ、だが気付いていても尚、ウミの性格を考えて言い出しかねていたヒカルとフウには
休んでいるだけだから大丈夫だと伝えておかねばな。

ウミは二人には気づかれてないと思っていた様だが…
自分に対する周りの気持ちにだけは随分と鈍感な彼女が可愛らしくて思わず笑みが漏れた。

『さて…』

明日の休みの為には、あともう少しだけ仕事を片付けておかねばならない。
寝室への扉を少しだけ開けたままにして再びペンを取った。










次の日には、精獣の森からこの国の導師とその恋人の楽しそうな声が響いていたのは言うまでもない。





  • Written by 依玖弥・Cloudy Sky