ガヤガヤと賑わう街を街頭や蝋燭が照らす。
日が照りつける日中よりも、日が隠れ始めるこの時間帯が商店が一番の賑わいを見せる時だ。明かりが灯り始める呑み場、店主が一層声を張り客を呼び込む果物屋。そんな城下の雰囲気を心なしか楽しんだ。行きかう人の波に紛れて、身をこの雰囲気に紛れ込ませる。昔は毎日のように仲間と出かけたものだが、ここ四、五百年職務以外に城下へ出た記憶がまったく無い。
『クレフ、いいお店知ってる?』
ウミにたまには外に呑みに行かないかと言われ、昔なじみの店の名前を思い出した。最後に訪れたのは五百年前。あの店がまだ存在するか確証はなかったが一応場所を教え、夕刻に店の前で直接会おうと約束した。
この先の角を右に曲がり、路地を行く、その後突き当たりを2回左に折れれば目的地のはず。街の構造が五百年前と変っていないことを感謝しなければならない。
当時踏んだ土を今、また踏む。昔仲間と歩いたこの道を、今歩いているのが自分一人という事実を悲しく思いながらステンドガラスの細工が施された扉の前で足を止めた。この扉は、仲間の一人だった創師が店にプレゼントしたものだ。プレセアの先先先代に当たる創師の名はセダンと言った。
「クレフ・・・よね?」
数分店の前で当時の事を回想していた。不意に掛けられた声に顔を上げるとたくさんの袋を手に提げたウミがいる。
「ずいぶん買ったな。」
「ええ。カルディナがコーディネートしてくれたの。」
「こーでぃねーと?」
「服の見立てよ。」
ああ、なるほど。今日はカルディナと街に出ていたのか。
「それよりクレフ、その服。」
「魔道師見習いの服だ。民に導師とバレては騒がしくなるからな。変装しろとプレセアに言われた。」
似合うじゃない!はしゃぐウミに苦笑する。この服を着るのは・・・やはり五百年ぶりなのだ。
「いらっしゃいませ!」
元気のいい店の者に店中央の2人がけに案内される。数刻遅ければ座る席がなかっただろう。この店の人気は、あのころから全く衰えていない。
明るすぎない店内に、バーで世話しなく酒を用意する従業員。壁には随分古い常連客の写真が何百枚と飾られている。その写真の中に、懐かしい顔を多く見つけてやはり苦笑した。
「すごいわね、このお店。レトロで素敵。」
「酒も美味い。好きなだけ呑むといい、今日は私の奢りだ。」
「ふふ、そう?じゃぁ遠慮なく。」
彼女がまだ少女だったとき、誰がこんな相席を想像した?まさか酒が飲める年まで、関係が続くとは思わなかったし、チキュウとセフィーロの行き来ができる可能性すら考えもしなかった。
「見ろよ!魔道師見習いが女を連れてるぜ?」
酒が血液に廻り始めたところで強い酒を追加で頼んだ。その直後、ウミの後方の席に座る男たちが、私を指差して言う。服装を見るからに魔道師だろう。彼らの嘲笑うかのような口調に、些か気分を害した。
「おいそこのちっちゃいの!魔道師見習いの恋沙汰はご法度だぜ!」
数秒で酔った男たちにテーブルを囲われ、萎縮するウミを前に睨みを利かせる。
「散れ、プライベートを他人にどうこう言われる云われはない。」
「なんだと!そうだ長官に報告しようぜ!おい誰か長官を呼んでこい!魔道師への道は厳しいってこと、このチビに味合わせてやろう。」
「お客様、店内でのイザコザは困ります。」
騒ぎを聞きつけた店主らしい男が、野次馬の山を掻き分け男と私を睨みつける。どこか懐かしい顔に目を細める。当時の店主の孫か曾孫だろう。被っていたフードを取り、頭を下げた。
「すまない。」
「・・・あなたは。」
私の顔をじっと見つめ、言葉を発した店主。彼は壁に掛けられた写真の中から、その一枚を見つけ、写真の中の人物を私を交互に見て目を丸くさせた。
「長官とやらに通告するのは構わないが、店に迷惑は掛けるな。」
「みなさん事が大きくならない内に謝って下さい、この方は・・・。」
店主の忠告に耳を傾けることなく、野次を聞かせる男たちに頭を抱えた。魔道師候補の質も落ちたものだ。
「長官がいらっしゃったぞ!」
大きな剣を右に携え足音を立てて店に入ってきた男に、突っかかってきた男たちが道を開ける。クレフに喧嘩越しだった男がニヤリと笑った。
長官登場。
良く知ったその顔に、ウミが咳き込む。
「長官って・・・ラファーガのことだったの?」
「これはウミ、それに導師ではありませんか。」
「「「「「え?」」」」」
威勢の良かった男達がラファーガの一言にポカンと口を開け、目を剥く。
「ウミって・・・導師様の恋人と噂されているあの?」
「じゃ、じゃぁこの魔道師見習いってまさか・・・。」
「お前たち、まさか導師クレフに喧嘩を売ったなどということはないだろうな。」
ゴゴゴ・・・雷が鳴りそうな威圧感で睨むラファーガに頭をブンブン下げ、泣きそうな顔で導師に謝る彼らは心から後悔していた。
「「「「「すみませんでした!!!!」」」」」
「構わない。魔道師見習いの格好で出てきた私に非がある。確かに、見習い身分で異性との交遊はご法度だからな。今回のことは問わない。皆、楽しい夜を続けてくれ。」
「さあ、ラファーガもどうぞ座って。一緒に呑みましょう?」
引かれた椅子に座った長官が、申し訳ありませんと部下の不出来を謝った。
『女を連れて来られるようになったら、またみんなで集まろうぜ!』
陽気にグラスを挙げる『ルノー』が一人で乾杯の音頭を取る。
『お前は女と酒以外に解消はないのかよ』
その隣で机に肘を突き、ありえないとばかりに『ルノー』に視線を送るのは『アクアダ』。
『あと何年先でしょうね、私達が全員で一人前になれるのは。気が遠くなりそうです。』
私の隣で、溜息を漏らす勤勉家のキア。
『最短でも二十年は掛かりそうな話だ』
空のグラスと、運ばれてきた新しいグラスを交換するロータス。
『なんだかんだ言って一番最初に結婚して幸せな家庭を築いてそうなのはクレフだよな』
当時、一番仲が良かった『カルタス』が羨ましそうな瞳でそんなことを言う。遠い未来のことや地位を登ることなんて何も考えていなかった私は、そんなカルタスの予想が現実になれば幸せなものだと思った。
『そういう平和な未来は悪くないな。』
あの夜が、結局最後の集まりになった。
修行中に命を落とした者もいた、セフィーロを後にした同士もいた。魔道師になるという共通の目的を持つそれぞれが、各々の道を行きたいように歩んでいった。笑いあった思い出や、暖かかった感情に満たされて、当時に戻りたいと思ったこともある。
だけど、例え時間を戻せたとしても、待っている未来は今と何も変らない。死んだものは死に、去ったものはまた去り、そして私は導師になっただろう。
あのメンバーで立派になったらまた集まろうという約束はもう叶わない。
壁に掛けられたあの写真に目を向ける。
写真の中では、確かに笑っている私達がいる。それはこの先も、この店があり続ける限りここにある。
「それより、クレフ。あの写真の一番右の人ってあなたじゃない?」
「気づいていたのか。」
「ええ。雰囲気が随分違うけれどあなただわ。肩を組んでいる他の人達はお友達?」
ライバルであり、仲間で・・・数少ない友だった。
「長くなるが、昔の事を少し話そうか?」
頷いたウミとラファーガと、店の店主がサービスだと運んできた3つのグラスで乾杯する。
「じゃぁ、クレフのお友達に乾杯しましょう。」
「乾杯。」
「乾杯。皆喜んでいるだろう。」
強い酒に、苦虫を潰した様な表情を見せた彼女。「なにこれ苦い!」そう薬酒を飲み干す彼女がカルタスの言った幸せな家庭の相手なのだろうか。相変わらず未来を見ることはできないが、そうであればいいなと思う。
それよりもこの娘をあいつらに紹介できないのは本当に残念だと、写真の中の彼らに笑いかけた。
