「だから何度も言わせるな。ウミ、お前がやりたいようにすればいいと言っただろう。」
その言葉を吐いた5秒後、後頭部に花瓶を投げつけられて、倒れると同時に一目散に逃げて行く彼女の背中を追いかけた。
ウミと付き合い始めてもう片手では数え切れない程に年数が経った。本当に時間が経つのは早くて驚かされるばかりだ。
勝手な自信だが争いも起きなければ不和などないだろうと、一緒になったばかりのころは思っていた。
あながち間違っていなかったが、こんな喧嘩が多発するようになったのはこの1年くらい。
特にひどいのがこの一カ月だ・・・。
異世界では”大学”をソツギョウしたら働き始めるのが常らしい。
私の元を訪れる度に話聞かせてくれる仕事場での出来事や楽しさ、たまには不満もあってあたりまえ。
そんな話をする彼女の顔はいつも輝いていて、仕事が好きなのだろうと手にとって分かる。
形式上「ケッコン」したフウや王子に続いてそろそろ共に生活する目途を立ててもいいのではないか、と提案したが
そう簡単に肯定的な返事がもらえなかったのが全ての始まりだろうか。
当然私を選んでくれるだろうと言う過信のせいで、傷ついた自分がいた。
無理やり一緒に居る所で価値なんてない。だからどうしてもこっちの世界に来てくれなんて言わない。
好きなようにするといい。いつかセフィーロを…私を選んでくれるのならば、
”いつまでも待つ覚悟はある。”
ウミの笑顔で「えぇ。」と言ってくれる返事を期待し過ぎていたからか、
一番大切なことは言えず結果、今回花瓶を投げつけられる騒ぎに発展してしまった。
自分に嫌気がさす。
大体今日ウミが自分に話そうとしていたこと、その要件も聞かないうちに口から出たのがあの言葉だった。
仕事で忙しいはずなのに、何を話に来たのだろうか。
プレセアに巻いてもらった包帯を解いて出血が止まったのを確認してからウミが出て行った方角へ足を伸ばした。
ベンチに寄りかかり見る景色は綺麗で、珍しくて、地球で生活している者にとってこの風景はまるで宝石だ。
こんな綺麗な国に暮らす想い人はとても気難しい人で、大人だからきっと私の気持ちなんて良く分からないのかも
と予想は出来る。
生まれて育った環境も違うんだから分からなくて当たり前なのかもしれない。
「ウミ、私の元で共に暮らさなか。傍に居て欲しい。」
その言葉を貰った時、本当にうれしかった。
考えをまとめるために東京に戻っても何度も何度も思い返した、その言葉とクレフの真剣な表情。
すぐにでも「はい。」って言いたかった。でも東京には私を必要としてくれている仕事仲間がいる。
今の仕事を投げ出したらただの無責任だから、区切りがついてからと思っていた。
でも、その時間がクレフに与えた印象は「私が彼と一緒に暮らすのが嫌。」というものになっていたみたい。
確かに、”少し待って”とも”考えさせて”とも言わずに放置してしまって言い訳なんてできない。
でも今日、やっと出した答えを告げようと決心してここまで来たのに「やりたいようにやればいい。」という言葉を聞いた瞬間、近くにあった花瓶を投げつけてた。
「私ね、決心は着いたわ。仕事も好きだし、地球も好きだけど、クレフが居ないと何かが違うの。
満たされていても心のどこかに少し穴があいてるみたい。私は、クレフの傍にいたい。」
だから今日これも書き上げたわ、と手にした封筒には「辞表」という2文字。
せっかく答えを言いに来たのにヤになっちゃうわね。
ベンチから立ち上がり、丘から大きい海の方へ俯く表情は少し悲しそうだった。
でも素直な彼女だから、
何よりも彼女に優しい彼だからきっと大丈夫。
「その言われた言葉、クレフさんの本心ではありませんわ。」
「・・・。」
「分かっているから待ってらっしゃるんでしょう。」
海の返事を聞く前にポンと肩をたたかれたと同時に風は立ち上がり海と反対方向へ歩き出した。
紫の空に輝く星に願い事をしながら。
「・・・私は、我儘なのよ。仕事もしたい、クレフとも一緒にいたい。
たとえクレフの言葉が本心ではなかったとしても
私はきっと彼を傷つけてしまった。」
「でも一緒にいたいの。クレフなしで私は幸せになんてなれない。」
「だからー。」
「だから、それを言いに今日私の元へ来たのか。」
バッと振り返り期待する友人の姿はもうない。居るのは今朝花瓶を投げつけた相手のみ。
気まずさとピリピリした感覚に襲われる。
その雰囲気を押しながら近づき、スッと彼女の頬に手を伸ばす。一瞬びくっと反応するが逃げようとはしない。
「共に生きる未来を望んでいるのは私だけかと思っていた。」
「おまえは私よりも仕事を優先するのかと思ったが…。」
「私はいつもそうやってウミを傷つけてきたな。」
つぅーとすこし冷たくなった人差し指を私の口元に立てて、もう何も言うなと合図をする。
腕が伸ばされて私の髪の毛で遊ぶ。
「この傷は・・・今までの仕返しってことで許してね。」
その笑顔に欲情して、唇と舌で熱を感じあった。
押し倒したところで流石にここではまずいと理性を制御しようと試みたが、彼女から伸ばされた手がやめないでと言っているようで。
溶けて行く。
この紫の空にどこまでも。
血のめぐりが良すぎて行為のあと傷口が開いたなんて、プレセアに言えそうにない。