永久
温かさは変わらないこの国も人々も。
きっとこれからもずっと。
響くのは足音
心なしか寒さを感じる王宮の廊下
「スカイか?どうだった?」
いささか息を切らしながら私の元に来た者はこの国の導師・・・
いや、かつて導師と呼ばれた人物が育てたこれからのセフィーロに欠かせない青年スカイ
静かに首を横に振り、質問の答えが否であることを私に伝える。
「・・・そうか。」
「結局・・・私が最後まで残ってしまったな。」
そう導師が仰られたのはほんの二週間ほど前。
王子フェリオ様のご葬儀の最中だった。
セフィーロで年齢の蓄積による死は悲しいものとされない。
魂となり蘇り、次の生を受けると信じられているからだ。
国を挙げての葬儀に国民のほぼ全てが参列したあの葬儀。
そして王子の魂が蘇りますようにと国民が喜んで願ったあの葬儀で、私が目にしたあの小さな背中はいつもの威厳に満ちてはいなかった。
導師クレフは魔道、政治そして社会においてセフィーロ最高の地位を占めていた。
同時にセフィーロを最も長く知り、そして愛しておられた。
私やスカイのように伝えられた伝説が起こったとき、まだ生を受けていなかった者たちがほとんどの今のセフィーロ。
彼のように経験豊かな師を持てたことは私の生涯の誇りだ。
80年ほど前、最愛の妻であるウミ様を失ったときの導師の落胆の様は当時全権を握られていた為に、国政にまで影響を与えるほどであったのを今でも覚えている。
伝説の魔法騎士。
御三方にお目にかかったのはたったの一度だけ。
この世界の出身でないことは導師から聞くまで知らなかったものの奇妙には思った。
お亡くなりになられるのが早すぎると。
フウ様、ウミ様そして最後にヒカル様が相次いで召されたとき私たちに導師は”伝説”を伝えられた。
今のセフィーロには起こりえないこと。
だから人は知る必要のないこと。
”だがお前たち二人には・・・話さなければならない”という言葉から丸二日、私たちはその話に聞き入った。
他の者から聞いていたなら嘘だろうと笑い飛ばしていたかもしれない。
信じられなかった。
ただ、この国に起こった事実とこの国の当時の摂理を。
いま思い返せばそのあとすぐだった。
導師が行っている仕事のすべてを私達へ引き継いだのは。
「私は長く生きすぎた。」
導師の病が明るみに出てから少し経ったとき治癒師に漏らした言葉だそうだ。
「導師クレフは・・・枷を外されたのです。スカイ様、アルファ様どうぞ心の準備をなさってください。」
治癒師はそう説明するに留まった。
導師が背負っていた枷というもの。
それが一体なんであったのか私には分からない。
ただ治癒師の言葉から感じ取ることはできた。
もう導師の御命が長くないのでは、と。
そして三日前、導師は自室から忽然と姿を消してしまわれた。
私たち二人は国衛を上げて必死で探した。
このセフィーロ中を。
今も必ずどこかに居られるはずの導師を。
だが・・・その御姿を未だに拝見できていない。
「枷とは一体何のことだと思う?」
資料室で後々の会議に必要な書類を引っ張り出していたとき一冊の本に手伸ばしながら慎重な面持ちで尋ねてきたスカイ。
「治癒師は知っているのだろうか。その枷が一体何のことなのか。」
そう呟いたスカイは書類を書記机に置き、静かに大扉を閉め部屋を出て行った。
それから一刻ほど経ったときだ。
王宮使いが私の元へ駆け込んできたのは。
この世界は美しい。
今私が見ている世界を創り支えたのは例の伝説に携わったもの達。
子供たちの笑顔
国民の躍動
恵まれた自然
そして人々の愛
その産物に囲まれた中で一人の人間が背負っていた枷。
街へ下り一本通った大通り、左の脇道へ入り三件目。
目的の家までついたとき
「あッ!スカイ様だ!!!遊ぼうよお!」
駆け寄ってくる子どもたちはこのセフィーロをこれからの未来支えてくれる宝。
「すまないが今は時間がなくてね。次の時必ず一緒に遊ぼう。」
「・・・スカイ?あなた達、そろそろお家へ帰りなさい。お母さんが心配するよ。」
静かに開いた家の入口から出てきた祖母譲りの赤髪の女性はそう子供たちに告げると私を家へ招き入れた。
「導師はまだ見つかっていないそうね。」
「あぁ。レイ、治癒師ガルグは御在宅か?」
えぇいるわよと通されたのはガルグの自室。
治癒師ガルグは数少ない”当時のセフィーロ”の生き残りの一人。
レイが助手をしながら同居する彼こそ、目下失踪中の人物を診た治癒師本人。
ガルグの部屋は扉を開け、いつ来てもすごい部屋だと感心するのが恒例だ。
壁は四面ともこれでもかというほどの薬学書物に囲まれその真ん中には大きな机。
薬品や劇薬が所狭しと置かれる机の真ん中には実験用のガラス器具の山。
明かりは一つだけ。その明かりの真下に座る老人。
背中を曲げ人が声をかけても気づいていないのだろう、全くもって無反応。
その人物が今日は杖に重心をかけ立った姿で私を迎え入れた。
まっすぐな視線を私に合わせ逸らそうとしない。
「スカイ様、訪ねてくるとは思っていました。」
まぁ座りなさいと用意された椅子に腰かけた時、前にした治癒師の表情は優しいものだった。
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”私もこの国の未来を按じてはおりません。”
話が済み部屋を後にしようと扉に手をかけたときガルグは微笑みながら私を見据え言った。
”スカイ様、本当にお父様に似られましたね。”
その言葉を背中で聞いた。
「スカイ・・・。導師が見つかった。」
城庭に入りアルファが切り出したとき、最後まで聞かずに、場所はどこと告げられずとも、自分がこれから向かうべきところは分かっていた。
足は必然的に今まで歩いていた方向とは逆へ伸びる。
それを支援するかのように吹く追い風は強く。
セフィーロでも入る者が制限されている空中庭園。
ここに祀られているのは嘗ての伝説でこのセフィーロを導いた三人と側近達。
中央に設けられた王族の神殿は100年ほど前まで婚儀や催し物に使われていたもの。
今では炎、水、風の神殿がそれぞれ中央神殿の左右に設けられ一年中絶えず花が咲き誇る神聖な場所。
歩幅は小さく
歩み寄るのは水神殿。
水神殿の前には目を見張るほど立派な噴水が一つ。水が湧き上がり、飛び跳ねる水滴は花々に潤いを与える。
あれはまだ小さかった頃、私はここをよく訪れた。ちっとも変わらなくその情景は目の前にある。
神殿の扉に手をかざしたとき、真横で風に揺られている見覚えのあるリボン。
見えていた。だが見えていないものと自分に思わせていた。
神殿入口の地面に突き刺された見覚えのある杖。
それはその持ち主が間違いなく神殿にいることを黙示していた。
開けられる扉は一度で力強く。
開けたと同時に輝くのは天井の色ガラスを通り差し込まれた光。上を仰ぎ目に手を当てる。それほどに強い光だ。
開けられた扉から入り込み天窓へ吹きぬける風、その流れに後押しされて近づく祭壇
一段高くなったそこに溜められた水は静かに水面をきざみ時を流す
咲き誇るのは水花リューイ。
中心に戴かれる女神のように美しく優しい表情をした彫刻はまるで母上の生き写し。
目を落とし優しさをを自分の足もとに寄りかかる人物へ注ぎ続けるその眼差しは幼いころ見た彼女そのもの。
彫刻の其の下に
寄り添うのは女神の夫
水に沈む左手に握られたサークレットは
蒼さをます
歩み寄る
女神の聖水に沈めた小さな体
髪は濡れ冷え切った体
私に多々のことを教え続けたその体
つよく閉じられた瞳はもう開くことを知らない
枷を生きる意味としていた
深い威厳に満ちていた
とても厳しい人だった
だが愛情は絶えなかった
母上を愛し
私を愛し
この国を愛した人だった
「・・・母上のところにおられたのですね。・・・・父上。」
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「導師クレフはご自分に枷を背負われておいでだった。
・・・伝説の話はご存知でしょう。その伝説よりもずっと以前、導師が導師となられた時の話です。
あの導師の証であるサークレットを受け取ったときの責任とし導師クレフは強大な意思であることを願われた。
この国の導師としてセフィーロが祈りなどなくてもずっと平和な国として存続できることが自分の役目の終点地。
それまで力を持ち生き続けることを願われたのです。
しかし・・・長く生きすぎるというのは悲しいものです。
いつか必ず親しい者や愛する者の死を経験しなければならない。
覚えておられるでしょう、あの導師がスカイ様の母上、ウミ様のご葬儀で泣き崩れられたことを。
それまで人を失うということへの感覚が麻痺してしまわれていたのでしょう。
だが一番傍にいた愛する方の存在の喪失にその感覚が戻られた。
そしてそれから80年間あなたとアルファ様へ自分の仕事のすべてを引き継がれた。
ランティス様やプレセア様がお亡くなりになる中で次世代へと決死に自分の心と戦っておいでだったのです。
引き継ぎ以降自分がなさなくとも国政、平和ともに維持されているこのセフィーロをみて導師は思われたはずです。
もうこの国に自分は必要ない、この国の未来は心配ないと。
これからも美しいセフィーロであり続けるだろう、と。
導師が心からそう思った。
その意思が枷を外したのです。
だが枷で止められていた寿命は今までの何倍、いや、何十倍も速いサイクルで廻り始めた。
それは・・・一日で十歳年をとっていくようなものです。
あと2、3日でこと切れる導師を前に私は嘘を言いませんでした。
何より、導師御自身そろそろ死期であることを分かっておいででしたから。
......治癒師らしからぬことをいいますが、死するということは時に素晴らしいことでもあるのです。
導師もそれは感じておられました。
スカイ様、死する者は温かさを求めます。
自分が何より安らげる場所へ向かうものです。
愛する人がいる場所や、どこか思い出深い場所などがそれです。
御心当たりは・・・・おありですね?」
父上が何よりも愛していたのは母上、そしてこのセフィーロ。
このセフィーロが一望できる空中庭園で二人はよく肩を並べて寄り添った。
思い入れのある場所。ガルグの言葉を聴いて此処の存在にやっと気付かされた。
言葉を発することのないその表情は笑っているかのようにすら見える
二人は・・・父上と母上はかつてと全く同じ温かさでこれからも見守ってくれる
私を、このセフィーロを、そしてその未来を
残される者は辛い。
だが、私はその辛さを忘れたくはない。人の死に慣れることなどこれからもない。
私は流れる涙を止めるすべなど知らない。
だが、愛する者を送出すことが時に定めなら、その定め善点を見出すことも必要なのかもしれない。
人というものは終わりがあってこそ美しい
「父上・・・・どうか御安らかに。」