世界、雨のち記憶 ここ数日、セフィーロではおかしな珍事件が続いている。

ある日の朝、城の料理師が調理室へ行くと調達した覚えのない草食物が調理台の上に置かれていたというのだ。

当初、とてもよく育てられたそれを、訳の分からないものだと言ってむやみに捨てることはなく、落し物として他の食材と一緒に調理し、城に住む者達に出していた。

しかし、あまりにも毎日のように新鮮な野菜が調理台に置かれているので最近になって、厨房弟子達は誰が置いたか分からない草食物に対する不信感をあらわにし始めた。

逆にセフィーロ一の天然と呼ばれる料理師であるサイオンは、「今日は何が置かれているのかなぁ♪」と朝一で調理室に入るのが楽しみになっていたのだが…。









「まぁ、確かに誰が置いたものか分からないというのは気持ち良くないが、実際それを毎日食べている俺達の体調に異常があるわけではないし・・・、
これからあまりに長く続くようならば、誰だか突き止めることも必要かも知れないが・・・今は導師クレフに報告することはないだろう。」

報告をしに訪れた厨房弟子達を前に王子フェリオは彼らを諌めた。



ただでさえお忙しいのに、これ以上些細なことで心労をかけさせるわけにはいかない。







あまりの仕事の多さに先日体調を崩した国の導師を心配して、彼の部下達は何かしらの理由をつけては仕事禁止令を発している。

もちろんその分、仕事が増えるのは彼ら自身なのだが、何せ高齢な上司。



若いあなた達が働けばいいでしょう!



プレセアに一喝され、頼り過ぎていたことに気づいたのはつい最近のことだ。











「それより、今日の会議には各国の重鎮が集まる。夜は食事会になるだろうから、いつもの旨いセフィーロ料理楽しみにしていると サイオンに伝えてくれ。」

分かりました。と笑い出て行った弟子達を見送ると同時に、訪ねてきたのは長身の男。

今日はマントをはおらず、ずいぶんラフな格好をしている。









「ランティス。珍しいな、俺を訪ねてくるなんて。」

軽く呑むか?と言葉にはせず、グラスを上げウインクしたフェリオを見て、頷き肯定の答えを示す。

「今日の会議、イーグルが参加する。」

受け取ったグラスを左手に声は静かだ。だが、どこか嬉しそうな表情に、今まで見たことのないランティスを前にした気がした。

「今日の夜にはヒカルもくる。イーグルが来ると知ればヒカルも喜ぶ。」

「そうか!体が治った報告からそんなに経っていないが、本当によかったな。」





「王子、明日、イーグルとヒカルを連れてエメロード姫の墓に行こうかと思う。許しをもらえるか?」

表情をいささか落としたランティスを前に驚きがあった。人にずいぶん気を使える奴だったんだな。

「そんなこと断りをいれなくてもいい」そう一言告げ、会議で使われる書類に手をかけた。





その書類を用意したのはフェリオではなくクレフ。

もう何週間も前に決まっていた会議ではあったが余裕を持ってかなり早いうちに出来上がった資料の数々。

それをみて、はぁ・・・とため息を一つ。










「王子、そのため息の理由は導師に言ったほうがいい。」

ぼそっと独りごと程度の声で言ったランティスの言葉は正しい。

「あぁ、今日の会議が終わったら必ず。」
グラスに残った果実酒を一気に流し込んだ。

































始まった会議の内容はとても複雑で、国々の仕組みとその機関の数々を熟知していなければ話についていくことすらとても難しい。

その空気の中でも発言できる人材だけが集められる会議にセフィーロ側として導師クレフは外せない。

「次の会議は俺が一人ででますから、導師はお休みになってください。ウミも喜ぶでしょう。」

気づいたのは最近だが、彼はどうやら「ウミ」という響きに弱いらしい。付き合い始めて一体もう何年経つ?

いい齢して万年ホヤホヤカップルだなぁ、なんて口が裂けても言えない。

最初は「ウミ」パワーのおかげで渋々休みを認めていたのに、今回の開催国が我がセフィーロになることを知り、国賓を迎える会議に出ないわけにはいかない。

休み作戦は見事に失敗、もちろん導師が言ったことは最もなことなのだが。





セフィーロの会議室は城の上に浮かぶ島に設置されている。

戦いの後、「ここに来る者達に生まれ変わったこの国をここから見てほしい」そう魔法師達が願ったのだ。

浮かぶ島、いや会議室からもセフィーロの美しい風景は目いっぱいに飛び込んでくる。

来賓には当時の荒れ果てたセフィーロを知る者達が少なくない。

だから彼らが本当のセフィーロの姿を目にした時、誰もが「やはり、昔聴いたおとぎの国、そのままですわね。」そう頷いた。





今日も本当ならば一番綺麗な夕日が沈む瞬間に会議室が包まれるはずだったのだが・・・
「・・・嵐かしら?雷の音がきこえますわね。」



会議に一息入れるころ、向かいにある窓から外をみたタトラが呟いた。








”・・・・・・雨か。まずいな。”

クレフが目を向けた先では確かに稲妻を伴った雲がセフィーロの陸地を目指している。

どんどん暗くなっていく空、昼間あんなに晴れていただけあって天気が崩れるなんて考えていなかった。

”会議中だがしかし・・・。”

降り始めた雨、轟々と響く雷に触発されジッとしてなどいられない。

「申し訳ないが、少し休憩を入れても構いませんか?ちょっと気になることがあるもので。」

立ち上がったクレフは丁寧に断りを入れ、地上の城へと急いだ。

「導師、私も一度下ります。」










フェリオも後を追い残された来賓はハテナマークの嵐。




「どうしたんでしょうね、導師クレフと王子。もしかしてセフィーロの男性は自分で洗濯物を干すのかな。」

笑いながらいうイーグル。それを聞いたアスカも、洗濯物を取り込みに行く二人を想像して大爆笑。

「きっとウミを迎えに行くのよ。だって今日来るって言ってたじゃない〜*この雨では移動できないもの」







































”無事だといいのだが・・・。”

駆け降りる階段、その階段が続くのは西側の城庭。

セフィーロ城は四方を庭に囲まれているが、手入れが施されているのは南と東側で、北側には噴水があり、西側は最近まで手付かずの状態だった。








クレフとフェリオがバッっと駆け降りた階段、雨が降りしきる中、風に揺られているのは大きめの菜壇に植えられた植物の数々だ。

「これは・・・・畑?」

よくみると菜壇の奥の方で人間が動いているらしい。

前が見えないのではないかと言うくらいの雨に濡れ、必死で植物に覆いをかけようとしている。



「ウミッ!!!??」

駆け出したクレフは迷うことなく彼女の所へかけだす。

わずかに耳に入った恋人の自分を呼ぶ声に顔を上げ、喜びを隠すことなく笑う彼女はまた綺麗になった。

「大丈夫か!?」

駆け寄った彼女の手に自分の手を置き気付く。もうかなり長く外にいたのだろう、この気温なのに手が冷たくなっている。

「すまない。」そう耳元でささやかれては今までの辛さなんて忘れてしまうだろう。

頬を頬に当て、まるでキスの変わりのように優しい挨拶。









「ウミ、もう来てたのか!!それより何してるんだこんなところで!?」 「フェリオ、久しぶりね。見て分かるでしょう!野菜を雨と風から守ってるの。一ヵ月前から育て初めて・・・せっかく実がなり始めたのに風に飛ばされちゃう。」

「でも、そんなの魔法を使えば・・・」
セフィーロで何かを育てるとき、魔法を使うことなど当たり前のこと、それをしない方が違和感を感じてしまう。

「私も最初はそうしようと思ったのだが、ウミに反対されてな。」

「そうよ!何でも魔法に頼るのは禁止!」

「・・・そうだな。確かに動かないと人間老化が進みますね。」
しっかしりた彼女だと心から感心できるものをウミは備えている。

「・・・失礼な。」

六つの手で共に覆いを支えながら雨に打たれる三人は第三者には一体どう映っているだろうか。

きっと雨の中で泥遊びとしている大人と言ったところか。












「すなまいウミ。私のせいで半分以上のヤサイが駄目になってしまった。」

覆いを必死で地面にあてがいながらクレフは申し訳なさそうに詫びた。

「いいの、なんでもこうやって苦労するから楽しいのよ。さっきまで一人じゃ不安だったけど二人が来てくれて嬉しいかった。
それに植物はそんなに弱くない。きっとまた元気になるわよ。」



「・・・・。」


















そう。辛い仕事もみんなで助け合えばきっとその辛さは減るだろう。

支えあった仲はもっと深い物になっていくだろう。

一人が背負う責任をみんなで分かち合える関係。

セフィーロの柱がいなくなり、一人一人に責任が背負わされたように。

彼の負担を減らしたかった。

自分では力不足かもしれないけれど、役に立ちたい。


















嵐が過ぎ、雲間から差し込んだ夕日を背に想う。

こんな些細なことですら、今なぜかやりきった達成感に包まれている。 それはウミが言った通り、一人ではなかったから。

国も同じだ。一人一人が誰かを支えあえるセフィーロを目指したい。



「・・・導師、さっきウミが言った言葉。仕事でも同じです。」

「・・・王子?」

「もう少し私やランティス、みんなに頼ってはくれませんか。私達はそのためにいるのですから。」

逆光で良く顔は見えないが、きっと少し悲しそうな顔をしているのだろうとクレフは思った。



立ち上がったフェリオの背中は、大きかった。

エメロード姫が城に迎え入れられたと同時に、別れなければならなかった彼女と彼女の弟。

抱き合い、もう行きなさいと姉に促され歩き出した幼い背中は今でも忘れない。



「立派になられました。」

ランティスやザガ―トの成長を喜んだように、フェリオに対しても同じような想いが込み上げる。

となりにいたウミにさえ聞こえなかったその喜びが届いたのはきっと、もういない彼女にだけ。



























「まぁ、導師!王子!一体どうされたんですかその格好!!」

階段の窓から聞きなれたプレセアの説教声。

そういえば泥だらけになってしまったと海と三人顔を見合わせ笑った。



「私、こんなに汚れたの小学生以来よ」

「私も600年近くなかったな。」

「あっいたいた。今日の会議は閉会しちゃいました笑。あしたに延期して今日はご飯にしましょう。」

二人を待ち切れず下りてきた会議出席の来賓、そして階段の途中で合流したのであろうカルディナ、プレセアそしてランティス、光と風。

全員の顔が夕日に照らされる。






















人は一人でもがいている。先が見えなくて、でもなにかを手にしようとして。

でも、周りにいてくれる人々がいるから笑顔があって、幸せがある。

そんなセフィーロにこれからなればいい。

失ったもの達を忘れない国になるといい。

今まで気付かなかったそんな些細なことを感じられる国になればいい。









エメロード姫が願ったように

どの国よりも上を目指して。