南海の珊瑚のようにあでやかに
南海の珊瑚のようにあでやかに
「大変…もう10時じゃないの!!」
開眼一番に目に入った時計はちょうど正午の2時間前をさしている。
いつもなら朝の二度寝という誘惑に負けそうなところだが今日はそんなこと考えてられない。
通常なら気だるい体が羽のように軽く、ベットを飛び出した。
顔を洗って、歯を磨いて、手に取った携帯で親友2人にメールを入れる。
昨日のうちに選んでおいてよかった、とチェストの上に用意された服に手をかけた。
ブーツを履いて、コートに手を羽織る。
小学校や中学校では卒業式の季節なのに、今年は冬の神様が日本に長く居座っているらしい。
親友二人から来た返信と一緒に届いたパパからのメールには”寒いから厚着しなさい”と”楽しんできてね”と。
「走るのって久しぶりな気がするわ…」
駅まで小走りをしながら改札を目指す。ホームに立つころには体温があがって白息に変わっていた。
今日は本当に冷える。
腕時計に目をやれば、時刻は午後12時04分。
電車で目的地まで準快速で20分。
「全く、慌ただしい誕生日だわ。」
遅れるかもとメールをいれた親友に、”間に合いそうよ”と再度メールを送信した。
3人で東京タワーに行く時必ずと言っていいほど行くカフェに今日は足を運ばず、その3件隣のパスタ屋さんで昼食をした。
風が認めるレストランだけあって一度行っただけで気に入ったお店に予約をしてくれたのは親友の二人。
「海さん、お誕生日おめでとうございます。」
「海ちゃん!おめでとう!」
渡されたのはメッセージカードと大きな花束。
「今年でカードも3枚目ね!ありがとう、とっても幸せだわ。」
運ばれてきたのはボンゴレ、ぺペロンチーノのスパゲッティーにゴルゴンゾーラとトマトのラザニア。
誕生日くらい奮発して今日はコースで頼んだ。前菜の次に来たメインディッシュ達。
「ほんっとに美味しいわね!」
相変わらず惚れ惚れする味に感動する。
「海ちゃん、この後の予定は決まってるのか?」
きっと二人とも昨日のことは恋人から聞いているだろうとあえて話はしなかったが
この光るの一言で推測は確信に変わった。
「ええ、家族でパーティーをしようとおもって。」
「フェリオから聞きました。クレフさんは本当にお優しい方ですね。」
「うん。やっぱり大人よね。」
笑いながら最後の一口をたいらげた。
昨日、3人そろってセフィーロへ行った際の晩酌会は小さなもので海とクレフ以外にはプレセア、フェリオ、カルディナ、アスコット
そしてラファーガ。
他のメンバーは自室に帰ってしまっていた。
椅子を囲み向かいに座る恋人に焦点を合わせて、カルディナとじゃれるその一つ一つの仕草を愛おしむかのようなこの視線も
酒の力を借りてこそ他人に見せられるものだ。
「ウミ、明日はセフィーロへ来るな。」
果実酒の入ったグラスを回しながら少し虚ろにいうこの国の導師に目を向けその場にいたセフィーロ陣全員が物申したいと思ったのは
間違いないだろう。
「なっ・・・どうゆうことですか導師!明日が何の日かお忘れですか!?」
クレフの右隣で音を立てて立ち上がったのは、アスコット。
”あかん・・・”と内心ハラハラなカルディナはウミの横で手をおでこに当ててラファーガに視線を送った。
自分の恋人に好意を寄せる弟子を些か睨み、恋人に視線を戻せば悲しげにこちらを見る瞳があった。
その瞳からいったん視線を外し左隣に座るプレセアに「ウミと席を代わってくれないか。」と聞けばもちろんです、
と笑顔で立ち上がりウミを連れてくる側近に礼を言ってから恋人と向き合った。
「ウミ、勘違いしないでくれ。明日がおまえの誕生日だと忘れていたわけではない。」
顔を上げてくれないか、と椅子の脇格子に手をついてうつむく恋人の髪に手を伸ばした。
「今年のお前の誕生日はどうか家族と祝ってくれないか。」
その言葉と聞いたセフィーロ陣一同はクレフの意図を理解したようで、厳しい表情は緩んでいった。
海も顔を上げ見つめる瞳は憂いを含んでとても優しい。
「確か光だったな、以前話をしていた時チキュウでは子供たちは家族に誕生日を祝われて大きくなると聞いた。
年頃になればそうでもなくなると言っていたが、子供は親にとっていつまでも可愛いものだ。
2回共に祝ったが、顔も知れない男と毎回誕生日を祝われてはウミの両親も不安になるだろう。」
「だから今年は私に我慢させてくれ。」
「でもね、大変だったのよ。昨日家に帰ってパパとママに今年はお家でお祝いしましょうって言ったの。
そしたら「2年間付き合っている彼といつの間に別れてしまったの!?」って大騒ぎになったわ。」
「まぁ!」
昨日の騒ぎを思い起こすだけで口が綻ぶ。
普段なら午後ゆっくりしてから外出するママが今日は午前中から買い物に行っていたのもきっとホームパーティーのためだろう。
昨日、「早めに帰るよ。」って言ったパパも笑っていた。
二人とも口にしなくても、一緒に祝えることをとても嬉しく思ってくれているのだと思う。
「帰りにプレゼントを買って帰ろうかと思うの。」
最後のデザートはフルーツのタルト。
このレストランでは一番甘くない宝石のタルトは新鮮なフルーツが盛りだくさんで見た目も名前に負けず美しい。
「御自分にですか?」
「ううん、両親によ。」
それを聞いた風は少し目を細めて微笑んだ。
オレンジジュースの入ったグラスを前に頬杖をついて光も笑う。
「きっと私と光さん、考えていることは同じですわね。」
「????」
「海ちゃん、すごいなぁ。私は誕生日、もらうことしか考えてなかった。」
「海さんもクレフさんに負けないくらい大人だと思います。」
誕生日は、生んでくれた両親に感謝する日。
いつから生まれた人をお祝いする習慣になったのか気にもならないけれど
なかなか言えないありがとうを伝える日。
ママ、パパ、生んでくれてありがとう。
今、私とっても幸せよ。
そう書かれたカードと、家族の写真といれた綺麗な写真立てを受け取ったママが号泣するのはこの数時間後。
そして、そんな話をした恋人に抱き寄せられ「おめでとう。」と改めてキスを貰ったのは数日後のお話。