雨ときどき幸せ

雨ときどき幸せ 雨ときどき幸せ 生きる中で、生活する中で身の回りにある沢山の物事が変わってゆくのは止められないことだ。

人がその変化を喜ぶか、または悲しく思うかそれはその状況次第、なによりその者次第。

”人と言うのは柔軟に作られている”、これは間違いないだろう。

柔軟に出来ているからこそ変化に対応することができる。

その変化に驚き、始め戸惑いを覚えることは当たり前のことだ。

そう・・・・当たり前のことだ。















ゆらゆらと部屋を照らしていた蝋燭の灯りが尽きるころ、この国の導師である彼の仕事は終わる。


「今日も長くかかってしまった。」

だけど今日も待っていてくれる人はいないから長くかかってしまったことに後ろめたさは全くない。

「彼女達がいないだけで落ち着きませんね、俺達男は。」
  振り返れば同じ部屋で調べ物をしていたフェリオが腕を大きく伸ばし深呼吸。
お互い、いつものように仕事が身に入らないのは聞かなくても積み上げられていく書類の量を見れば一目量善だ。
「導師、せっかくの男だけの夜です。一杯やりませんか?」

王子・・・いや国王に誘われるのはとても久しぶりな気がする。
海と風が酒を共にするのに王子と四人で呑むことはあっても二人で呑み合うことはそうそうない。








開いていた本を優しく閉じて外の音に耳を傾ければ、夜には珍しく雨が降っているらしい。
「良かったら私の方へ見えますか?」

「いいですね。じゃぁ俺は一回部屋に酒を取りに。導師どうぞ先にお戻りになってください。」
フェリオを先に出し、蝋燭の火が完全に消えているのを確認してから仕事部屋の扉を閉じた。





城の回廊をつきあたりまでまっすぐ、着きあたりを左に折れると四季たくさんの花が咲く中庭を横切る路へと続く。

庭に出た時、城内との気温差に少し体が反応した。花達はそれでも、久しぶりの水に喜んでいるようだ。

「綺麗に咲いたな。」
路を外れて庭に咲く一輪の花を手に取り植えた人物を想う。


”クレフが疲れて家に向かう時、癒してくれたら嬉しいから。”
そう手を泥だらけにして花壇に屈む彼女の背中を優しく抱きしめた時、あったのは彼女を愛しいと思う気持ちだけだった。
長く蒼い髪。いつも見ていたソレがあんなにも柔らかくて、よく薫るものだと知らなかった。

中庭を渡りきって見えてくる煉瓦造りの家は元々先代導師が住んでいた家だ。

彼が城を出るときに貰い受けてからは、休みを静かに過ごす別荘として使っていた。
”ーいつか嫁ができたら一緒に住むといい。ー”彼の言葉が本当になる日など来るわけないとあの頃は信じてやまなかった。


でも、二人で住むには今自分が使っている部屋は小さすぎるからこちらへ移ろう、と提案した私を前に驚いた彼女の顔を思い出す度になぜか幸せな気分になる。

何年も前なのに、まるで昨日のように新鮮な気持ちがあるからこそ、今彼女なしの生活に順応しなければならないこの「変化」がもどかしい。

結局、彼女なしの生活に順応するまえに彼女はオートザム旅行から帰ってくるのだが。

明日からまた、彼女がいる温かいベッドで寝れることを思えばこの五日も悪くなかったかもしれない。















酒好きで有名なフェリオだけあって彼が持ってきた酒はやはり格別に美味しい。
彼と二人でいるとウミと使っているこの家の雰囲気がまるでいつもと違うように感じるのは気のせいではないと思う。

「今夜、誘われずとも私があなたを酒に誘うつもりでした。」
軽く酔いが回ったところでずっと口には出さなかったことを切り出した。
彼が自分を誘ったのはきっと、10年前の今日が私たちにとって新たな始まりとなった日だからだ。

新しいセフィーロと新しい人生の始まりに祝い酒を交わそうなんて何て素敵なことだろうか。

しかし私達にとってはそれは「祝い酒」にはならない。


「・・・もう10年ですね。」

そう悲しく呟いたフェリオの声の表情は、魔法騎士だった彼女達には聴かせられない。
聴いたらまた彼らを殺したことを後悔して泣きだしてしまうかもしれないから。
シトシトと降り続く雨が軽くリズムを刻み始めた。




セフィーロ国王フェリオの姉、エメロードと呼ばれた姫が殺された日。

導師クレフの愛弟子、ザガートという神官が殺された日。


今日、二人の命日に飲む酒は二人が好きだった果実酒「レットル」。
甘く、余韻で残る果実独特の苦みが記憶を過去へといざなう。
言葉を発するわけでもなく、それぞれが目にした嘗てのセフィーロと彼らの姿。それは薄くカスミがかかり光りに包まれている。




「私が彼らを近づけなければ、二人とも死なずに済んだのかもしれません。」
全ては私がザガートを姫着きの神官にした瞬間から始まっていた。

後悔しても、どんなに自分を責めても時間を巻き戻すなんて都合のいいことはできない。
ずっと心に引っかかっていたそもそもの原因に気が堕ちることはなくても少し感傷に浸りたくなる。



かすかに声が低くなったクレフにかける言葉を探すが、なかなか見つからない。

同情をかけることばいくらでもあるのに、そんな言葉をかける気にすらならない。
それは彼にとってすごく失礼なことだから。



「今、導師が手にしている幸せを大切にしてください。俺が願うのはそれだけですよ。」

静かに聴いていたフェリオは窓際に立てかけられた二人の写真に目を細める。きっとウミが持ってきたものだろう。
笑いあうクレフの表情は、普段決して弟子や高官に見せないものだ。

「それがあの二人への最高の花束です。」



ふっと息をもらしフェリオの思いやりに感謝の気持ちでいっぱいになる。
今となっては仕事面でも、精神面でも頼りにしている青年は自分が使えた方の弟君。
彼女の分まで彼に幸せになってもらいたいと願う気持ちはだれにも劣らない。
















死の後に世界があるのか、それは誰にも分からない。

ただ、在ると思いたい。そこできっと二人手を取り合い笑っているはずだから。






















「実は今日、導師を誘ったのにはもう一つ理由があるんです。」
言いにくそうに切り出したフェリオが顔を赤らめているのは酒のせいだろうか、それとも・・・

「導師、俺フウとケッコンしようと思います。」
異国の言葉にウミが言う幸せの儀式を思い出す。

「どうか許して下さいますか?」

ケッコン: それは男女がその未来を共に過ごし、幸せを分かち合い、共に終えることを誓うこと。





確実に築かれているこの国の王の幸せに笑みがこぼれる。

答えなんて聞かれずとも決まってる。


「これは国を挙げて祝わなければいけませんね。」













「「乾杯。」」


開ける酒は多い方がいい。
こんな幸せな夜を中途半端に終わらせるほど歳は取っていないと苦笑した。




































未来は明るい。

明るくしたのは動乱の過去。

悲しみと後悔と憎しみは、今を築く糧となり消えて行く。







そんな沢山の変革を起こし築かれていく未来を大切にしていきたい。

たとえ、時に立ち止まることがあっても。

今も

これからも

いつまでもずっと・・・・。