アスパラサラダ
3月3日
365日の中で海にとってもっとも幸せな一日。
今年も幸せな日を過ごせるだろうと思って止まなかった。
なぜなら今年は彼がいるから。
『温暖曜日』
セフィーロと地球の道が開いて早数年、セフィーロと人々はそれぞれを歩み始めた。
かつてのセフィーロよりも美しく、華厳とも言える眩しさを放つようになった今のセフィーロを導いたのは、まぎれもなく当時はまた少女であった3人の魔法騎士。
この数年、魔法騎士もそしてセフィーロの者みんながそれぞれの道を歩み、それぞれの答えを見つけた。
それは学業であったり職業であったり、恋愛であったり。
歩む道先々でそれぞれが成長した年月。
そして迎えたこの3月3日に立派な女性となる彼女はまだセフィーロにはいない。
少し遅れてくるようにと親友2人から言われていたのだ。
朝から一人自室でアレでもないコレでもないと服をクローゼットから服を引っ張り出してはベットに投げ悩み続ける女性は龍崎海。
周りの女性と比べてもとても大人びた顔立ちと妖艶ともいえる印象を放つ彼女は長いストレートの髪に今日は緩いウェーブでアクセントをつけている。
「あーもう!決まらないわ!もうすぐでないと間に合わないじゃない。」
時計を睨みつけ軽くため息をひとつ。
立ち上がり母親に助言を求めるためキッチンへと降りて行った。
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「「えッ!今日クレフ(さん)は来られないの(ですか)!?」」
一方セフィーロで“嘘でしょ”とでも言いたげな視線でフェリオをにらむのは今日が誕生日である彼女の親友、鳳凰寺風と獅堂光。
この3人が今回の海の誕生日パーティーの企画メンバーだ。
海より早くセフィーロに入り準備をしようとしていた2人に思わぬ訃報が飛び込んだ。
「俺を睨んでもしょうがないだろう。文句なら導師本人に…ってそれも無理か。導師は今セフィーロにいないんだ。なんでもファーレンとの会合が2日伸びてしまったらしい。」
「そんな!今日は海ちゃんの誕生日なのにッ…!」
「それも私たちの世界では一番大事とされている日ですわ。」
口を揃えていう2人の眼にも悲しさが見え隠れする。
親友というよりはむしろ海の運命共同体である。
セフィーロで起こった最も悲しい出来事を当事者として共に経験し、共に乗り越えた3人。
そのうえ海と“導師”の関係をいつも見守っていた2人にはこの日に彼が出席できないことが自分の誕生日に自分の恋人がいないことと同じように胸に響いていた。
今年の3月3日は海が成人になる日。光と風の20の誕生日の時のようにセフィーロで盛大にパーティーを開く予定だったのだ。
光には海と風が企画したように、風には光と海が催したように。
いや、パーティー自体は盛大に行われるだろう。しかし…
「そこに導師がいなくては意味がない。だろ?」
親友二人の気持ちを代弁するかのようにフェリオが言う。
「今、チゼータに派者を送っている。まとめと調印を記するためだけに伸びた今回の会合だ。代りがいれば導師でなくとも締結するはずだからな。
導師が間に合うかは分からない。だが心配しても仕方ない。今はウミのために“パーティー”の準備をすることが先だろう。」
そのフェリオの投げかけに光と風は同意し会場になる大広間へと向かった。
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そのころファーレンの客室大広間ではセフィーロの導師であるクレフが客人用に丁寧に細工が施された美しい椅子に腰かけていた。
オンオンとうなりを伴うような黒いオーラを背後に背負って…。
頭を前に倒し気味に左手を額にあてている。普通に見れば“頭痛だろうか”と思うがどうやら違うらしい。
クレフのお世話係についているファーレンの使いも室内の異状な空気に心なしか気づいているようだ。
「最悪だな、わたしは…。」
オーラの原因は恋人である愛しい者の誕生日という大切な日を一緒に祝ってあげられない自分への憎悪。
今回の海の誕生日が彼女にとってどれほど大事なものかは分かっていた。
光と風の20歳の誕生日の時のように盛大に祝い、酒を初めて口にできる喜びを友とそして恋人と分かち合い、余韻に浸り甘い夜を過ごせる日。
「私の誕生日、クレフと一緒にお祝いできる…?」
自室で書類を片付けていたとき申し訳なさそうに尋ねてきたあの時の彼女の顔が浮かぶ。
そんなこと恋人に申し訳なさそうに聞くことではないが、海は誰よりもクレフが忙しいことを知っていた彼女はクレフの時間を自分が奪ってしまうことを何よりも気にしていた。
「ウミ、それは質問することではないだろう。大切な人の大切な日にどうして私が一緒に祝えない?」
そう抱きしめた彼女は腕の中で小さく
「ありがとう。」
と呟いた。それがすごく愛しくてどうしようもなかった。
そして今自分にまとわりつく仕事という名の鎖。
海の悲しむ顔をさせてしまう自分への嫌悪…
クレフが杖をギュッと握りしめるとオーラが力となり、同時に客室大広間の窓ガラスが一瞬にして粉々になったらしい。
(ファーレン第一新聞社より)
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セフィーロではパーティーの準備が整いつつあった。
ランティス、カルディナそしてラファーガは城下町に酒の調達へ、アスコットは風とともに軽食の用意、光、フェリオそしてプレセアはみんなからの誕生日プレゼントを用意された丸テーブルに綺麗に並べていた。
「ヒカル、実は私、導師から預かりものがあって…。」
そう言いそれをテーブルに置いたのはプレセアだ。
「これは…?」フェリオがなんだなんだと興味心身に見る。
「手紙だと思うわ。もしも自分に何かあったときにウミに渡してくれと手渡されたの。本当は導師がご自分で渡すつもりだったのだろうけど…。」
プレセアの顔もどこか沈んでいる。それはフェリオだけでなく光も気づいたことだった。
そして夕刻、海がセフィーロに到着しパーティーは盛大に始まった。
彼女に彼女の恋人であるクレフがいない理由を説明したのは風とフェリオだった。
「…そっか。」
と一言呟いた彼女はやはりどこか悲しそうで、それでも友に心配はかけまいと次の瞬間には開き直ったかのように
「でもクレフが約束を守らないのは今回に限ったことじゃないじゃない。だから平気よ。私たちは私たちで楽しみましょう。」
その彼女の笑顔が心からのものではないと分かっていたが2人も笑顔でうなずいた。
パーティーは楽しいものだった。
アスコットは酔ったカルディナに絡まれ続け、フェリオもさすがの大酒のみ。意外なことにプレセアとランティスと張り合っている。
ラファーガは光や風と楽しみながら飲むといった感じだろうか。
海自身も初めてのお酒を親友たちと楽しんだ。
「ねぇ海ちゃん!今日は久しぶりに3人で寝ようよ!」
そう提案したのは光だ。
「そうですわね!」風も賛成だった。
しかし海はそれは2人が今日、一人で眠りにつかなくてはいけない自分のことを思って言ってくれた提案だと分かっていた。
「悪いわよ。せっかくセフィーロに来て泊るんだから2人は大好きな人と寝なさいよ。」
そう微笑んだ。
一人になりたかった。少しだけ一人に…。
パーティーが終わりみんなが自室へと帰るとき、光と風は最後まで海のことを気にしていたがそれでも海の「大丈夫よ」という言葉に折れて恋人とともに広間を後にした。
クレフと恋人同士になったあの日から海が寝るのはいつも彼の横。
「これからはこの部屋を自室として使え。」と部屋の結界も海は簡単に通れるように魔法をかけなおした。
一人で使うのには広すぎるこの部屋も、2人でいるとそれほど大きく感じないものだった。
部屋に着いてすぐ、ラファーガとプレセアがプレゼントを運びにやってきた。
「どうもありがとう。こんなにたくさん…。」
お休みといって2人と別れ、扉を閉めた瞬間にどうしようもない孤独感におそわれた。
分かっているのに…クレフが忙しいということは…
でも期待していた。この誕生日は一緒に祝えるだろうって…
言ってくれたのに…一緒に祝おうって。
今日、コーディネートの助言を求めに行ったとき母親に言われた言葉を思い出す。
「最近、海ちゃんすごーく綺麗になったわ。そうさせてくれたのは今日会う人のおかげなのかしら。きっととても素敵な人なのね」
そう。今日悩みに悩んだ服装も、綺麗になりたいという願いもクレフに釣り合う女性になりたいという彼女なりの努力だった。
スーッっと目から流れる。そしてそれはとまらず流れ続けた。
ベランダに風を求めに出る。夜の風は人の心を癒してくれると以前誰かが言っていた。
サラサラと吹く風に落ち着きを取り戻した海はフッとプレゼントが置かれたテーブルに目を向ける。
そこにはランティスから贈られたお花だったり、創師プレセアが作った絹製巨大モコナ人形だったり、風からもらったお風呂セットなどが場所せましと積み上げられていた。
その山の一番手前にちょこんと置かれた手紙に目がとまる。
美しい蒼に染められた封筒には惜しみなく宝石が散りばめられひと際目立つ存在だ。
「…誰からかしら。」
静かにその美しい手をのばすした。
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バンッ!!!
すごい音でパーティーが開かれていた大広間の扉が開かれる。
しかしそこに人の姿はなく、パーティー後特有の酒や花の香りだけが漂っていた。
「遅かったか…ッ。」
城を駆け上がってきた青年の額には汗が滲んでいる。
今はもう少年ではなく青年の姿をしているその容姿は誰もが見入ってしまうほどに繊細だ。
彼は今さっきセフィーロに帰国したばかり。ファーレンで窓ガラスを破壊した数十分後、セフィーロからの使いがファーレンに到着、事情を説明して即刻帰路へたったのだった。
杖を上げ唱える魔法は移動魔法。
眼を開けた時そこは自室の扉前。
スーッと息をのみ重い扉を開いた。
想うのは今中にいるであろう彼女のみ
キィー…。
すごく静かに開けた扉の音は、その部屋にいる恋人さえ気づかないような極小な音。
恋人は、彼女は、扉からまっすぐに位置づけられたベランダで風を浴びてる。
たまに下を向き、髪をなびかせる恋人をクレフは後ろ姿ですら愛しいと感じた。
一歩ずつ彼女に歩み寄る。そして…。
「えッ…!?」
彼女の華奢な体をクレフの腕が包む。首筋に口づけを落とし
「ウミ…。」
風に誘われるように言葉は静かに落ちていく。
時間が止まったかと思った。
あんなに強く、しっかり抱きしめられたことは今までなかった。
「ク…レフ…。なんで…」そう腕の中で振り返る彼女の手には一通の手紙。先ほどまでウミが読んでいたものだ。
振り返った彼女の顔に涙の跡があるのをクレフは見逃さなかった。
「ウミ、本当にすまなかった…。許してはくれないだろう。
私は本当に悲しい思いばかりさせている…。」
そううつむく彼の頬に手を伸ばして海はクレフに口づけた。
軽く、もういいのよと伝えるかのように。
いきなりの柔らかい感触にいささか驚いた表情をみせ、瞼を閉じる。
「私は…セフィーロのため、民のためと仕事をする引き換えに、自分の一番大切なものを幸せに出来ていない…。」
「それは違うわ。」
首を振り海はクレフの眼をじっと見つめいった。
「確かに…今日のパーティーにクレフがいなかったことはすごくつらかった。泣いたのも本当よ。
でも私はあなたがこの国を愛していて、みんなのことを思っていることを知ってる。
それは自分のためではなくあなたが愛している人たちのためだって。ない時間を私との時間にあててくれていることも、
それに…こんな手紙もらったらどんなに怒っていたって許してしまうわ。」
そう言って今度は海からクレフを抱きしめる。
「クレフ…どうもありがとう。最高の誕生日プレゼントだわ。」
握られた封筒の中には金粉で綺麗に模様づけられた便箋が1枚。
「愛している」と一言。
海の国の言葉で、ぶっきらぼうな字で。
最近、風がセフィーロの文字をクレフから習っているといっていた。
きっとその時に風に教えてもらって一生懸命書いたのだろうととても嬉しくなった。
クレフは自分が贈ったその手紙を見て振り返る。
柱を殺す運命を彼女に背負わせてしまった時、自分を責めては仕事に打ち込み、体を壊したとき、やることがありすぎていらだちを感じる時、自分にはいつも彼女がそばにいてくれていた。
包まれていたのは自分だった。
自分は何者でもないのだと、人間は一人では生きていけないと教えてくれた。
柱もいないこの世界に、このとき初めて神というものに感謝した。
「ウミ…遅くなってしまったが、まだ日付は変わっていない。一緒に…小さいが“パーティー”をしようか。」
クレフが用意したお酒を2人で楽しみ、他愛ない会話に喜びを感じる。
それはお互い、相手が自分の一番大切な人であるからこそ。
そして夜は更けていく。
もう海の顔に悲しさ、寂しさはなかった。あるのは幸福に満ち足りた笑顔とその後の甘いひと時。
お互いの熱を感じあいながらただ愛しいと感じる。
まさか自分がこの歳になって恋人ができるなんて夢にも思っていなかった。
辛い時も幸福な時も一緒に分かち合いたい。
”ウミ…”、
“ありがとう”そう何度も胸の中で呟いた。
次の日の昼、海を起こしにいった光、風とフェリオは2人が上半身に布団をかけずベットで眠っている姿をみて、フェリオは光の顔を手で覆い部屋の外へ追い出し、風もあえて起こさず寝かせておいたのだとか。
と言うか…まぁ、
起こせなかったのか…。
そんなことも知らず、2人はまだ甘い温もりのなか…