奏〜琥〜





アスパラサラダ 「・・・・・。」

侵入者対策という名の「モコナ摂関用装置」がいたるところに仕掛けられた屋敷の一室、作業場の椅子に座り込み 創師プレセアが、目の前で宙に浮かんでいる剣を睨みつけ始めてからどれだけの時間が経っただろうか。

騒いでいたモコナと言えば疲れ果て、まだ午前中だというのにプレセアの書斎で昼寝を満喫している。





まるで誰もいないかのように静かすぎる作業場。

耳を澄ましても彼女の呼吸すら聞こえてこないほどの緊張感が漂う部屋。

鋭い彼女の視線は、普段の生活では彼女が決して見せることのない職人の眼光と言っていいだろう。

その視線を受け、女と対峙している剣は、創師のみにしか伝わらないオーラを放ち物を語る。





先日、国の魔道師がプレセアの元へ持ってきた剣は、セフィーロの創造史の中でも、ある決まった短い期間だけに存在していた 創作方法によって創られたものだった。

あまりの珍しさに普段なら仕事を厳選するところを即答で引き受け、実際に剣を手にした時、その温度や繊維、質量、色、そしてオーラから 元々の鉱物が今のセフィーロで入手するにはとても困難な物の一つであることを知った。





「やっぱりラオゼル以外の鉱物は嫌がるわね。」

プレセアが一言放った瞬間、一気に”ふっ・・・っ”と部屋の空気が緩む。

空中に浮かび放っていた剣のオーラは次第に消え、丁寧なことに自ら近くにあった椅子へと立て掛けられた。















”ラオゼル”

エスクードと並び貴重とされている鉱物であり、分布は比較的、北に集中。入手難易度はSランク。
加工が大変難しいために扱える創師は限られる。



剣に語りかけ、ラオゼルの代役となれる鉱物があるかを探っていたのだが、格式の高い高貴な剣は他の鉱物を受け入れようとしなかった。
「・・・北か。」



決めたら行動。早々に立ち上がり防具を身につけ、そのうち物置を漁り始めたその騒音にもモコナは起きる様子が全くない。
「おかしいわね。確かこの辺りに〜」

物置に置かれているのは何百という剣の数々。

修行時代から今日に至るまで作っては失敗の度に”捨てるのはもったいない、いつか使える日がくる。”と保管し続けてきたできそこない達である。

「ん?」

外部よりかなり涼しい部屋でふと伝わった温かさ、創った主に対する忠誠心を足もとに感じその根源の方向へ手を伸ばす。

「久しぶりね。」

発掘したのは長く、細い聖剣。ここ何十年も使うことのなかった彼女の剣。

一流の創師として、造った物の味を試すのは最後の役目、剣の腕前はそこらへんの男に引けを取ることはない。

いつもなら手ぶらで出かけるところだが、今回はそうもいかない。

相手は「闇の土地」と呼ばれる地域を好むラオゼルである、しっかり装備をするのに越したことなんてないだろう。

その先に一体何が待ち受けているのかなんて、誰にも分からないのだから。





とは言っても今の世界、エメロード姫が支えるこの世界に、魔物や性質のわるい魔獣が現れることなんてほとんどない。

だからこそ、命を掛けなければならない創師の仕事なんて、その称号を貰った時から請け負ったことがない。

ある意味、危険なことを知らずにのうのうと仕事をしてきている。

剣の腕前が乏しい者たちですら普段の生活において、一人で出歩くとき身につけるのはそこらへんの張りぼてで充分。

でもそんな守られるだけの平和に慣れ過ぎてはこれから先十年、セフィーロ最高創師を名乗る資格なんてない。





”いい機会かもしれないわね。”



最後にセフィーロ城を訪ねた時、耳にした噂が心の中で少しざわめいた。





















「あとはー。」

いつもと違ってずいぶん静かな、だが散らかされた書斎に戻り見渡すそこは、まるで自分の知らない一室だ。

プレセアの席に、ここぞ我が特等席と言わんばかりに眠りこむモコナ。

”またこんなに散らかして・・・。帰ってきたら楽しいセッカンよ。フフフ・・・。た・の・し・み♪”



可愛らしい模様が施された木の引き出しから取り出したのはセフィーロの地図。

モコナに遊ばれ、破られ挙句の果てには食べられてしまった地図の変わりに、新しい物を導師クレフに頼んだのは2週間ほど前。

導師の様子を見に行きながら地図を取りに行こうと思っていたのにそれは叶わず、 最近はやたらと剣や防具の創作依頼や修理依頼が異様に多く、自由な時間すら持てないような状態だった。

それを知ってか知らずか、今回の依頼人が導師クレフから地図を預かり届けてくれたのだ、依頼のあの剣と一緒に。



新しい紙の匂いのするその地図は城の使者に近しい者のみが持てる代物。

現代の言葉で言えば「自動更新」と言ったところだろうか、新しい街ができればいつの間にか地図に書き込まれる。

山が噴火して平野になれば、その平野の名前も自動に書き込まれるようになっている。

だが、紙に意思があって勝手にそうなるわけではない。

これは親地図と連動している地図の一つ。

更新される情報は、すべて親地図の持ち主が書き込みをして出来るものだ。

今は導師クレフ、彼がセフィーロ地図においての更新・削除の権利を得ている。

























広げた地図は思ったよりも大きい。

これから行く道のりを指でなぞりながら確かめる。

道々に記されている荒野、山脈、村の名前やそれぞれの師の証紋をみて思う、”本当に綺麗な字を書く方だ。”、と。




剣を手に、地図をポケットに優しく屋敷の扉を閉じる。

まだ寝ている同居人を起こさないように、そっと。

「いってきます。」

































「姫の祈る力が弱くなってきている。」  
                                「神官ザガ―トは一体なにをしているのだ。」
      「なんでもエメロード姫はあの神官が大のお気に入りだとか。」 
                        
長い長い城の中庭を貫く道、噴水の水は勢いよく今日も一段と澄み切っている。
そんなお気に入りのくつろぎ場にいると、ほら・・・360度あらゆるところから聞こえてくる。

誰もが、他人に聞こえないように小声で話しているけれどこういった話ほど逆にとても目立つものだ。

決して穏やかなことではない。

一体何がどこまで本当なのか、知りたいと思ったところで知ることなどできない。













他人の幸せを祈るのがその命の役目である柱に、特定の誰かがいたなど聞いたことのない話ではある。



私のような平民出身の子供達は、エメロード様という名前を聞いて大きくなる。

私は創師になったとき、導師クレフに紹介を受け、幸運にも実際に姫のお顔を拝見したことがある。

本当に、母さんが話してくれたおとぎ話にでてきたお姫様のイメージ通りの方だった。

でも彼女を見たことのない人々は多い。

この世界を誰が支えているのか、なぜ私たちが平和にくらすことができているのかみんな知っているのに、 その苦労を労うことも一度もない。



昔から不思議だった。彼女はなんのために祈るのだろう。







































考えこどをしながら歩く山道は険しい。

途中、何度か休憩を取りながら来たものの、やはり「闇の土地」への入口、そう簡単に一般人が入り込めるような環境ではない。

一度山を登り切り、七割下りきった辺りにある「プべドの泉」、そのほとりで地図を広げ自分の位置を確認する。
・・・今日中に帰るのは無理かもしれないわね。

それにしても綺麗なところ。


歩きながら見渡せば目に飛び込んでくる美しさ。
呼び名である「闇の土地」そんな言葉など想像させないほどに美しいこの地域は、
何十年いや、ひょっとしたら何百年も人間が足を踏み入れなかった土地である。

先の”伝説”で一度荒れ果てたこの土地を人々は伝説の後に「闇の土地」と呼ぶようになった。
別に魔物が多く生息しているわけでもないし、闇に閉ざされた地域でもない。逆に自然が溢れ、動物達が鳴き、聖獣が戯れる美しい処だ。
それなのに、新しい柱が立ち、美しさを取り戻した故郷の地に足を入れる人はなかった。
「あの土地に戻ったら、あの時のことを思い出してしまいそうで怖い。」そう、曾祖父が言っていた。









二つ目の山の頂上から見渡すセフィーロの絶景になんだか胸が少し締め付けられた。

美しすぎる感動とはこのことを言うのだろうか。

空は蒼く、太陽は高く、緑は風になびいて、花々が香る、そんな母国を持つ自分が何だか誇らしい。







「・・・ん?あんなところに村がある。」
山頂から見てかなり下の麓に町と言うには小さい、村のような集落を見つけた。

この土地にまだ人が住んでいるなんて聞いたことがない。
まさか途中道を間違えてセフィーロ城下へ戻ってしまったのかと 慌ててポケットの地図とコンパスと使って自分の現在地を確認する。

アックード山、距離的にも磁器指針的にも間違いない。しかしその麓に村や街の存在は記されていない。
導師クレフも知らない村?まさかそんなことあるわけがない。
寄る、寄らないは別としてもラオゼルを取りに行くのにいずれにしろ通る道、進むしかない。






人が住んでないのね。

村の入り口にはアーケード状の門があり、昔は宝石があしらわれていたのであろう形跡が残っている。

創作の本で読んだことがある。確かこの技術は500年ほど前まで存在していたもの、現在創れるものはもういないだろう。

軽く手を置いてみる。創作物は創りだした主人を慕い、そして答えようとする。

この門も、誰か創師である者が創ったのならば自分に伝わることが必ずあるはずだ。



「シャ・・・ットロー・・・ヴ?」
伝わってきた声を音にしてみた、それはどうやらこの村の名前らしい。

もう誰もいない、時が止まった村、シャットローヴ。

人の住まいだった家には小鳥が住みつき、水場であったところには蓮の花が育っている。

もう忘れ去られてしまった村は当時、とても水に恵まれていたようだ。

綺麗に掘られた外堀、水路が張り巡らされ、いたるところに橋がかけられている。

入口から伸びた道には綺麗な石がたくさん転がっていた。そして、その脇には大理石の石板が芝生のようにおかれている。

何も書いていないものもあれば、少し文字が刻んである石板もある。

見たこともない光景に少し首を傾げた。

その中の一つ、蒼碧の石に刻まれていた家紋に目が止まる。
「・・・古い。」

創作品が年代を語るように、家紋もまた年代を示す。

こうやって何かに残された形であとから見つかれば歴史的財産にもなる大切なものだ。





村の中央には噴水があり、一定に水が流れ落ちていた。その音くらいだろうか、この村に時を刻むのは。

村を一周して、この風景をどこか他の場所で見たことがあるのではないか、と自分に疑問を抱いた。
でもそれがどこだったか思いだせず、再び門へ足を向けた。
ラオゼルがとれる森はこのすぐ近く、ぐずぐずしている余裕はない。




































「・・・ッ!!」
痛む傷口を抑え、プレセアは見つけたラオゼルを袋に詰めていく。

シャットローヴを出て急に増えた魔物達、ここに到達するまで気配すら感じなかったのに太陽が沈みかけてから見かけるその数は相当なものだ。

人々の不安が、徐々に大きくなり始めているのか、それともラオゼルの魔力に反応してただ集まっているだけなのか・・・。

聖剣を持ってきて本当に良かった。

「長いは無用ね。」

あわよくばたくさん持ち帰って次に使おうと考えていたが、今回は依頼された剣に使う分で充分。

早々に北の奥地を立ち去った。一刻も早く帰って止血しなければ。こうゆうときに治癒魔法を知らないのは本当に不便だ。

帰る途中、再び通りすぎたたシャットローヴは闇に包まれ、あしたの太陽を待ちわびているかのように思えた。

門の前で一度立ち止まりこの村を目に焼き付ける。




























































「導師クレフ、創師がお見えです。」

報告に来た魔法師に、広間から窓を通して眺めるセフィーロ、その景色から目を離すことなく”分かった。”と回答する背中は小さい。

「お久しぶりです。導師クレフ。」

「あぁ、本当にひさしぶりだな。私の地図は受け取ったか?」

久しぶりの訪問者、プレセア。最後に話したのは二ヵ月ほど前だっただろうか。

普段なら笑顔を迎える彼女の表情を凍りつかせる会話を切り出したのは誰でもない自分だった。

もう二度と私と向き合って話をしてはくれないのではないだろうかと心配したが、

彼女がこうまた笑顔で会いに来てくれることが何だかすごく不思議だった。

最近は、姫や弟子の前で笑うことなんてほとんどなかったのに、これがプレセアの優しさなのだろうか。

自分も今、笑顔を彼女に向けている気がする。





「はい。ちゃんとランティスが届けてくれましたよ。少々厄介な依頼と一緒に。」

ラオゼルを取りに行き、その後の加工の過程までを思い出すとぐったりしてしまう。

はやく仕上げろと急かすものだから、帰宅してからかれこれ2週間も時間をあの剣だけに費やしていたのだ。

「厄介な依頼?」

ランティスからそんな話は一言も聞かなかったと思う。

まぁ、そんな用でもなければあの男がプレセアのところまでわざわざ「俺が地図を持って行く」など言わないか。


「えぇ。彼の剣を治してくれと依頼されて・・・。」

「ランティスの剣を?」

「はい。それでその・・・ラオゼルを取りに闇の土地へ。」

あはは。と笑って話はしているが、内心びくびくである。

もともと闇の土地への立ち入りは禁止事項だし、ラオゼルを取りに入るなら許可書をクレフに提出しなければならない。

その両方をすっぽかした手前、今日ここへ来るのも悩みに悩んだ。だが結果、彼の顔見たさに出てきてしまったのだ。





聞くか聞くまいか悩んでいた、彼女の腕にある傷の理由はそれか。

「魔物は多くいたか?」

プレセアの腕に杖を当てながら、彼女に否定の答えを期待したが、全く逆の答えに”そうかー。”、と目を軽く伏せた。

やはり、柱の心の不安定さに反応して均衡が崩れ始めている。

目を開ければ完璧に治療された腕の傷。

「ありがとうございます。」

「礼などいらん。」


「・・・・プレセア、時は近い。」

目を向けた窓の外、今日もセフィーロは一見平和に見える。

だが、闇の土地にすでに魔物が多くいることをまだ人々は知らない。

その秩序を創りだしているものの近くにいるもの達は、気付きながらも止めることができない。















先の伝説で破壊された村。人々が死ぬのを目の前で見た少女は、平和な国を築くことに他人以上の意思を幼いながらに身に付けた。

城も彼女の村に似せて作った。

たくさんの緑と、中央の噴水。カシュの木々と石板の庭。

姫がこの国を平和に導く意思を忘れないように。







だから今、彼女がザガ―トと一緒にいられる道を望むのなら、犠牲を払うことになっても叶えてやりたい。

人が人を愛することに罪などない。

昔、今は亡き村からエメロードと言う少女を預かった時に決めていたその言葉には今日になっても変わらない。

その為に、プレセアの存在が必要不可欠であることは前々から承知していた。

そしてその私の「願いを叶えてやりたい。」という我儘の犠牲になるのはまぎれもなくプレセア本人だ。











「心しております。」

すっとクレフの横に立ち、窓から見るセフィーロに目を細めた。





「・・・プレセア、すまない。」















自分が創師である理由に、自分の望む答えをつけるのは間違っている。

人生の役目を背負ったこの職がたとえ明日、この身を滅ぼすことになろうとも。





私は、きっとそのために生まれてきた。