奏〜雨〜
奏 〜時雨〜
「ねぇプレセア、プレセアは創師になるの?」
昔々ある国に双子の姉妹がおりました。
「うん!それでね、私の創った物がみんなを、この国を幸せにするのよ!」
この時、どんな未来が二人を待ちうけているかなど、誰も知る由もありませんでした。
「王子、導師をお見かけになりましたか?お渡したいものがあるのですが姿が見えなくて。」
天気が特に良い日はよく散歩に出かけるこの国の導師クレフ。
今日はいつもより長く外に出ているせいか、彼に何かあったのではと不安になる。
今の平和なセフィーロでなにか危ないことが起こるはずはない、その上かの導師クレフ、自分が心配するような人ではないのだが。
「いや、姿は見ていないが昨日酒の席で今日は森へ行くと言っていたな。」
「森へ?なぜ・・・。」
”森”。それはかつて「沈黙の森」があった地域の総称である。
「それは俺にも分からない。緊急なら行ってみたらどうだ?まだいると思うぜ。」
「はい。」
”森”。それは私にとって特別な場所。
ちょうど良い。導師を探すついでに花を持っていこう、そして彼女が大好きなブイ・テックも一緒に。
最近忙しくて訪ねることができなかった姉の墓に供え物をしに。
”後悔はしてないわ。でも・・・あなたが創師にならなくてよかった。”
バカにされているのかと思った。
”駄目ね、私は本当に。”
あの時、プレセアはたぶん泣いていたのだと思う。
「プレセアか。」
導師を探す前に供え物をしようと姉の墓を訪れた先、先客は振り向きその優しい表情を私に向けた。
「導師?あなたがなぜここに…。」
この小さな墓を作ったのは私。骨が埋まっているわけでもない見せかけの墓。
自分だけは彼女を忘れないように作った気休め、埋めたのは彼女が持っていた創師の指輪一つだけ。
導師クレフにここの存在を教えたことはないし、私以外に知る人がいたなんて。
「プレセアが持っていた創師の証は私が作ったものだからな。どこにあるか気を追うことができる。」
もうあれから4年も経つのだな。
そう口にした導師の瞳は墓を見つめ、すこし悲しそうな香りを漂わせた。
「結局、私はプレセアに礼も、詫びすら言うことができなかった。」
光りを浴びたプレセアの墓。脳裏に浮かんだのは今、プレセアが見せた最後の笑顔。
「”プレセア”。おまえにも謝らなければならぬことがある。」
手に持っていた花を墓の前に置き、私を見据えるこの人は、プレセアが慕ったただ一人の人。
姉が、初めて顔を赤らめて話した人は今、きっと彼女のことを思い出している。
「プレセアの変わりに聞いてくれるか?」
「はい。」
笑おう。この人には他人の笑顔が何よりの薬だから。
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闇が徐々に広がり始めている。
気づくものも少ないであろう微微たるものだが、分かる。
増え続けている魔物、城に広がり始めた噂。
そしてエメロード姫とザガ―との関係。
全て関連付けてみればこの先起こることは手に取るように分かる。
だからこそ、備えとして多くの魔道師、魔獣師、そして魔法騎士が召喚された際、武器を授ける創師にも
覚悟をしてもらわなくてはならなかった。
「私の最後の我儘を・・・。」
願った彼女の言葉は重く、心に響いた。
そう、そして彼女の最後の願いを叶えてやりたいと思ったのは私の我儘だった。
「悪いなプレセア。忙しいところを呼び出してしまった。」
伝えなければならないこれから起こるであろうことと、彼女の仕事を伝えるために呼び出したプレセアがいつも以上に元気だったのが今でも印象に残っている。
とても暑い日だった。
「プレセア、今日呼び出したのはほかでもない、国の創師として頼まれごとをしてくれないか。」
意を決して話をし始めてから核心に触れるまで、彼女の表情は曇り続けた。
それでも話を途中で止めてしえば、きっともう再び話し始めることなど出来ないだろうと最後まで続ける自分の中に
ほどほど嫌気のような感情がうず巻き続けた。
「魔法騎士が召喚されれば、後この国は争いの地と化すだろう。」
だから必要なのだ。お前の作る防具が。
「そして召喚された者達は柱を殺す。それが伝説の真実だ。」
その為に必要なのだ。お前の作るエスクードの剣が。
「・・・・それは、私に人を殺すための武器を作れということですか。」
静かに尋ねた声は動揺と悲しみと怒りを交えていた。
彼女の拳は強く握られ、尚顔を上げようとはしなかった。
「創師とはそのためにこの国に存在するのですか。」
そう言われると今まで疑問に思わなかった。
武器を作れるの者は私だけではない。
なのに私にしか伝承されない技術がある、そしてその技術は普段の仕事で使うことなんてない。
それは全て伝説のためだった。
人々が傷つけあう道具など長い創師の職歴、作ったことなんてない。
人を、みんなを幸せにするために、生活を安全な物にするために私は創師になろうと決めた。
その目標のために毎日毎日辛い修行を乗り越えて、やっと手にしたと思ったのに
まさか、人を殺す道具を作るのが本業だったなんて。
「プレセア・・・。」
私は創師になるために生まれてきた。そう信じてた。
私は姫を殺す道具を作るために生まれてきた。それが真実だった。
「プレセア。」
先よりいささかはっきり名前を呼んだつもりだったが、彼女は反応を見せることなく立ちすくんでいた。
この国のため、姫のため、そして私の我儘で、一体今彼女がどれだけ傷ついているのだろう。
計り知れない。
「頼む、姫と私の我儘をどうか叶えてはくれないか。」
「私はお前の姉を深く傷つけてしまった。」
そうだったのか、だからプレセアは私が創師にならなくてよかったなんて言ったんだ。
傷つくのは自分だけで充分だと思ったから。
プレセアは傷ついた、そして役目を果たした。
でも・・・
「導師、今の世界は美しいですね。」
空を見上げれば蒼く、精獣たちが宙に体を休める。
「あの破壊に危したセフィーロを救ったのは姉が創った剣です。」
魔法騎士達が戦いに勝していなかったら、人々は苦しみ、怖がり、プレセアの想い描いていた幸せは永遠に失われていただろう。
「本人は・・・プレセアは、彼女の作品が今の平和を築いたことを知りません。」
何か大切なことに気づいたように顔を上げた導師に、私は心から感謝している。
「だからどうか、その想いをあなたの胸にしまっておいてください。プレセアもそれを望んでいるはずです。」
”プレセア”
良い名前だな、先代の創師が幼い彼女を連れてきたとき、そう思った。
その笑顔を、優しさを私も人々も忘れることはない。
そして姉の陰を背負って生きているこのプレセアだけは、守れなかったプレセアの分必ず幸せにしてやりたい。
「・・・すまなかった。」
初めて口にできた謝りに、プレセアの墓は笑っているように見えた。
「ねぇねぇ、シエラは大きくなったら何になりたいの?」
昔々あるところに双子の姉妹がおりました。
「私はねッ!素敵な女の子になりたい!プレセアみたいに自分の考えをしっかり持った大人に!」
その姉妹はとても仲が良く、いつまでもいつまでもお互いのことを思いあっておりました。
片割れは、ある動乱にその命を奪われ。
片割れは、片割れの死後、自分を隠して生き続けました。
散ったはかない命は大好きな人達のためでした。
隠された自分は、自分を偽り続けました。しかし、大好きな人たちを幸せにしました。
それが彼女たちの人生でした。
そしてそれは成り行きではない、彼女達の意思でした。
死んだ片割れは、その後自分の創った道具が平和を気付いたことを知りません。
だからもう片割れは、それを誇りに自分を隠し続けるのでした。
そして彼女の幸せを願う存在は、この二人のことを生涯胸に刻み続けるのでした。