回転の速い時計
たまにセフィーロに遊びに来たと思ったら、毎回持ってくる本やメモ用紙が増えるばかりでなく、朝から晩まで机にべったり向き合って離れようとしない。
どうやらチキュウで『ジュケン』というものを控えているらしくあと3ヶ月はこの状況が続くとうなだれていた一ヶ月前。
ただ物事を学ぶだけなら良いことだと思っていたが、確実に1ヶ月前よりもヤツれた姿で現れて特に言葉を交わすこともなく、まるでロボットのように机へと足を進め、腰掛け、本開き、ペンというものをカチャカチャいじって何かを書き始める。
ランティスと王子の話によると、どうやらフウやヒカルもウミと同じ様子らしい。
フウは国で一番難しい教育機関へウミとヒカルは難関教育機関への進学を望んでいるのだとか。
良い教育を受けたい者が勉強をしなければならないのはセフィーロでも同じことだが、「これは異常だ」と思わざる終えないほどにウミの心をもが病んでいるのを感じる。
仕事も一区切りして、自室の前に佇み少し考える。もし、自分が大事な試験、試練を控えていたらやはり今のウミと同じように周りが心配しても勉強していただろう。
部屋の中から聞こえてくるカツカツと何かを書き込む音がやけに早く感じた。
「まったく、今日がどんなに天気の良い日か分かっているのだろうか。」
篭りっきりで出てこない恋人への精一杯の皮肉。
絶好の散歩日和だというのに。
戻ろうと思った部屋には入らずに書庫へと足を進めた。
この書庫をワザと薄暗くしたのは貴重な書物を太陽の光から守るため。
魔法で灯りを燈(とも)せば足元が見えないことなどないし、他に不自由もない。
湿度に侵された本からは水を含んだ古い木の匂いが漂う。良い匂いとは言いがたいが、とても落ち着きを与える香りだ。
さてどこだっただろう。
目的の本は以前、ウミがチキュウの言葉をセフィーロの言葉に移してくれた『スウガクダイジテン』の本。
チキュウの教育はセフィーロでいう超高等教育に値する。
早さ、重さ、積量といった自然のものがすべて数字で説明できるなど、話を聞くまで考えたこともなかった。
だが実際、自分で実験してその公式が正確だったことに、何か知ってはいけないことを知ってしまった時の様な、嫌な冷や汗が流れた。
彼女が写し取った公式は、ほぼ全て記憶している。
役にたつ公式もあれば、こんなものいつ使うんだ?と思うくらいウミすら聞いたことのないものまで様々あり、これを全て人が導いたものだと思うと、チキュウの文化価値の高さが伺えた。
できるならチキュウの文化を弟子達に教え、セフィーロに応用したいと思ってウミに本を持ってきてもらったが、今その考えは180度(これも本に書いてあった)変わっている。
チキュウのスウガクやウミが言っていた『ブツリ』『カガク』というものはセフィーロを破壊しかねない。
科学が発展しすぎて壊れかけたオートザムを見習えば、すばらしい知識でも人が知って良いことと知らなくても良いことがあると分かる。
「セフィーロの発展は在るべきものだが、間違った方向に進むならそれは止めるべきだ。」
フウが話してくれた現在のチキュウの実情、発展した世界、生み出された人を殺す道具、そして人間の文化が発展すると共に削られていく自然の話はセフィーロの子供達に語り聴かすには重過ぎる。
朝、ウミの机の上に広がっていた紙はスウガクのものだった。簡単な数字と、√、刀A∋などの記号を覚えさえすれば誰にでも解ける、そこにスウガクの面白さがあるのだろう。
卓上の数多の紙の中から一枚取って、目を通せば良くできているではないか、と感心したが最後の二問の脇欄には盛大な書き込みがあるにもかかわらず、肝心の答えが書かれていない。
おそらく正解の導き方が分からなかったのだろう。
「助けになれるといいのだが。」
見つけた本とを手に取り目的のページを探し始めた。
「最悪、また寝ちゃった。」
肌が纏っている布に反応してムクムク体を動かしてみると、何でだろうか布団の中にいる。
自分で眠りに入った記憶もないし大方、この部屋の主が机で寝てしまった私の体を移動してくれたのだろう。
当の本人はいつものように仕事へ出かけたらしい。温かさも残らない彼の寝床に少し身を動かした。
「あの2問、今日解かなきゃね・・・。」
どうしても一人じゃ無理だったら風に教えてもらいに行こうかなぁ、とふらふら机と向かう。
そこには置いた記憶のない一枚の紙。それにはウミへと冒頭に書かれている。
朝からラブレター?素敵だわ。と自作セフィーロ語辞典を取ろうとしたが、その下に書かれている文字はどうやらせフィーロの文字ではないらしい。
「これってあの問題じゃない。」
公式の最初から最後まで綺麗に書かれた答えへの導き方、しかも途中で他のいくつもの公式を当てはめてある。
こんな答えの出し方地球で見たことなんてない。いまだに存在すらしない公式だろう。
数学だって最初から教えて半年位しか経ってないのに・・・
「ありがとう、クレフ。でもこの公式、試験の紙には書けないわ。」
本当に、自分の彼はキレるというか天才というか、本当に頭が良いのだと感心した。
「ノーベル賞ものよ、これ。」
すこし悔しくて何だか笑うしかなかった。
気分転換にあとで手作りのペンダントでも渡しに行こうかな。
久しぶりに深呼吸してみた。