未来へ
未来へ 今日もいい天気ね。


動かしていた手を止めて、ふと窓の外に目を投げる。

別に投げようと思ってしたのではなく本当にただ何となく。

目に映るのは生い茂る木々に、太陽の光、光りが反射するアスファルトと、その中を急ぎ足で行く人々。


今日、休みでよかったわ。

そんなことを考えながら、ついさっきウエイターが運んできたアイスコーヒーに口をつけた。







お気に入りのカフェはガラス張りで、いつ行ってもコーヒーの薫が漂っている。

ガラス張りの空間に明るすぎないランプの数々。

ブラインドの外は初夏、気温も高い。なのに差し込む光はクーラーに冷やされて心地よく体に届く。 休みの日さえあればここに通うようになったのはいつの頃からだろう、もうずっとずっと前からのことで思い出せない。 こうやって、コーヒーを傍にパソコンをいじる。それは中学校、高校のときに持っていた大人の女性の理想像。 そんなことをもう当たり前にするようになったその年月は、人間が成長していく中で何かを忘れて行くにはきっと十分すぎる時間。

そして自分が今、辿り着いた今と言う時間の中で、慌ただしい人々が行き交う街を見るのも悪くない。











初恋は中学2年生。
異世界セフィーロで知り合った小さなおじいちゃん。

その恋は実ることがなかった。 実ることを許されなかったと言ってもいいかもしれない。 切ない初恋だった。











時間が過ぎて行くことは止めることができないことで、その中で同じ感情をずっと持ち続けていくこともやっぱりすごく難しい。

「・・・クレフ。」 呟いたって帰ってくる返事がないことくらい分かってる。

いつかまた会えると信じていたけれど、セフィーロへ行けることはあれから一度も叶わなかった。 大人になるにつれてあのセフィーロでの経験すら嘘だったのではないかと思うことすらある。 誰も知らない、私たちだけの物語。






あれから13年。風は私達の中で一番最初に結婚して、今では一男一女の母親になった。 最後のあったのは2カ月くらい前。遠くに住んでいるし、昔のように突発的に会うことは難しい。

”今度、海へ旅行に行くのにワンピースを作っているんです。”
そんなことを言っていて、良い母親をしてるんだろう、とても幸せそうですこしうらやましかった。


光は一度就職した後、急に世界一周の旅に出るなんていいだしてかれこれ2年。

先日、日本に帰ってきたばかり。 見送りに空港へ行った時、予想はしてたけど、妹が心配で泣きだす兄弟の姿はほほえましかった。









それぞれが、それぞれのやりたいことを見つけて、未来を切り開いている。

全てがハッピーエンドで終わる物語なんて私達の現実に用意はされていなかった。大切な人々と会うことができない定めと忘れて行く新鮮な恋している気持ち。 でも、その現実の中で確実に幸せを見つけている私達の未来はこれからも明るい。 大切な人がいるから、忘れられない想いがあるから。











記憶は、感情は薄れてゆくけれど、忘れない。

あなたの名前、表情、一緒にいられた安らぎと、最後にもらった”ありがとう”。



私の人生の中にあなたの存在がある。











「クレフ・・・。」
目を閉じて想うことは会えない悲しさでなければ後悔でもない。
時間が経過したからこそ持つことのできる過去への優しい視線。

「大好きだったわ。」







ピッピピ。メール発信者:獅堂光の文字を確認すると同時にパタンとパソコンを閉じて いつものようにウェイターに飲みほしたグラスを届ける。
机に置きっぱなしにするのはどうも気が引けるから、いつの間にか届けるようになった。



「いつもありがとうございます。」

いつの間にか顔なじみになった従業員は本当に感じがいい。

「今日はこれからおでかけですか?」
とてもきれいなドレスワンピースですね。と付け加える。











「13年前の初恋を思い出しにね。」
言われた店員は驚いたように一瞬まずいことを聞いたかという顔みせたがすぐに笑顔にもどす。 目元は軽く頬笑みを見せて声はとても柔らかい。

「今日はそういえば七夕ですね。何か願ってみてはどうでしょう。」


「ありがとう。」







”大好きだった。”

この言葉を現在形で言うことが許される日なんてもう来ない。

もし今日、私の我儘を織姫と彦星が願いを叶えてくれるのなら、どうか・・・



どうか今日も、明日も、明後日もあの男性(ひと)が幸せでありますように。





お店の扉を丁寧に閉めて歩き出す。




一秒先の未来へ。一分先の未来へ。



1年に1度、必ず集まる3人だけの秘密の物語を振り返るために。

東京タワーに足を進めながら。