逝き様



逝き様 自分の体がこれほどまでに重いとはな・・・


目指す場所は近い。

だが体が思い通りに動かないこのやるせなさ。

目が霞む。流れる汗と激しい動悸。

はぁ…と一番近い木の幹に手を伸ばし無理やりその体を寄りかからせる。見据える先はなおも前。
視界に続く道の先に見える浮かぶ島は、後ろで輝く太陽によって逆行で瞳に映る。






あと少し。


何百年も共にした魔道師のこの杖も、こうなってはただのつっかえ棒以外の何でもないか・・・。

杖に掛ける重さに重心が定まらない。
バランスを崩し何度も地面に叩きつけた体はもう痛みなど感じない。






進むだけ・・・

今、行きたい処に

愛する者が眠る神殿へ

































「名前はスカイがいいわ。」

生まれた子供を抱き笑顔でいうその笑顔

「地球で空を表す言葉よ。青空のようにいつも輝いている子になりますように。」

願うように子の額にキスを落とす際、揺れる蒼い美しい髪

そんな君の全てを見ている時間。それは「幸せ」だった。










その時間が続くことを願ってやまなかった。

たとえその時間が本当に短きものになると分かっていても。
















「父上、僕の名前は珍しいってみんなが言うんだ。」

成長し、どうしてこんな名前をつけたのか、と聞きたい様子の息子に母親が直接その理由を伝えられないほど早くに彼女は床に着いた。

ウミは他人にうつしてしまう恐れのある病気を患い、隔離されたと言っても過言ではなかった。

「病気は病気だけれど、チキュウで言えば私もそろそろ寿命を迎えるころなのよ。」と苦笑したその頬に手を置き、抱きしめた。

幼い子を残し、逝かなければならないのね、と、涙を一筋流した妻を、そのまま抱きしめ続けることしか私にはできなかった。








生涯のほとんどを独りで過ごしたと言ってもいいだろう、他人との深すぎる関わりは好んで持たずに生きていた。

いつかその者達との別れが来ることを知っていたからだ。それも自分はいつも見送る側に立たなくてはならないこの定め。

枷をはめてから・・・・一体何人の友の、弟子の死を経験しただろうか。

もはやその場に悲しいという感情はない。在るのはただ、虚しさと・・・死ぬことが許されない自分への怒りだけ。


他人が大切な水晶ならば、死という形でそれが砕けるとき、心に刺さる破片はいつも簡単に抜けては落ちて行った。


唯一、留まっている破片は妻のもの。

刺さる時、何かが自分のなかではちきれた感覚に襲われた。

視界は歪み、頬を伝うそれは止まることなく流れ続けた。

このまま、君と共に逝きたかった。


そしてずっと一緒に・・・・もう二度と離れないように。









「父上、今日は母上のところに行こう!」

そんなことを言う息子を抱き上げ、ウミの墓に何度一緒に足を運んだだろうか。

空中庭園から見上げる空は一段と蒼く、そして近い。

おまえはこの大空のような人間になるんだ。と話をした。







大空という言葉に目を丸くし、

「僕は大きくなったら父上のようになるんだ!」

庭園でそう振り向き、笑い、遊ぶわが子の顔を前に一瞬思考が止まる。

スカイの顔にはしっかりと面影がある…最愛の、もうその面影を残すだけの妻がそこにいる。

































「アルファ、私から教えることはこれでほぼ終わりだ。」

青年は王宮使い、アルファ。若いながらその人望と仕事の早さに一目置かれるスカイの友人。

ウミの死後、何年もかけて自分の仕事、世界の摂理、様々なことをこの青年と息子に教えてきた。

「あとはおまえがその全てをスカイや他の者に教えたほうがいいだろう。」

「承知いたしました。導師、さきほどほぼ終わりと仰られましたが・・・・。」

覗き込むような彼の眼差しを避けたいと、ふと目を床に落としもう一度自分の気持ちを確かめる。

伝説の話をするか否か。

伝説などもう二度と繰り返されることはない。アルファも、この国に住む国民は伝説など話も聞いたことがないだろう。

しかしこの国に起こった事実。知るべきことだ。

これから国を負ってゆく人間ならばなおさら、一人一人の未来の幸せを願えるように。

私の、このセフィーロへの最後の仕事。


「アルファ・・・スカイと共に今夜私の部屋へきてくれ。」


























「お話になられたのですかな?」

誰かと共に酒を飲み交わすのは実に久しぶりだ、振り返る。夜風が涼しい庭に椅子とテーブルを出し並び月を見上げる。

雲にいささか隠れる月を前に、もしかしたら最後になるかもしれないな、と苦笑してグラスに口づけた。

「あぁ。」
私の返答ににっこり笑う老人は医学仲間であり、伝説の後いつしか私の話し相手にもなっていた。

「もう、知る者など片手で数えられるほどしかいなくなってしまったな。」

そうですね。と次の一杯を注ぎたす老人の手づかいは震えもなく確かだ。



ふぅ、と息を尽き今日、彼を呼び出した本題を告げる

「ガルグ、今日枷解きの呪をかけた・・・。」

サーっと吹くふと筋の風にかき消されそうな発言。

だが、聞き逃すはずもなく耳に入ったその一言に、今までの優しい笑みは止み、驚きで目がいささか見開かれるのを見逃しはしない。

「・・・導師、しかしそれは・・・。」

掛かかっていた雲はまた北西へと姿を消し、完全な満月が大きく、光りを放つ。

「望んだことだ。」

そう、枷が外れることに後悔などない。

「もう・・・この世界に導師は必要ない。」

待つのはもはや望んだ死のみ。































はぁ。はぁ・・・・はぁ。

もはや杖などもう、つっかえ棒の役にすらならなくなったとき、倒れこむように祭壇に投げられた体を包むのは、流れ続ける聖水。

冷たく、シャリンといきなり外れ沈むサークレット。

はぁ・・・と天窓を見つめようと上げる先に写るのは妻の彫刻。





















































何百何十何年前

もうその数字の羅列を思い起こすことも難しいほど、思い出すことを懸念したくなるほど昔。

先代の導師に導師へと導かれ、その任務を当時の柱から受けこの身のすべてをこの国に捧げる覚悟をした。

決して中途半端に終わらせられないこの任務への責任。

それを自分に言い聞かせるため、自分で自分自身に枷をはめた。

引き換えにしたのは本来の姿、そして本来過ぎ終わるはずの人生。

得たのは死ねない体と、責任の刻み。













天窓から差し込む一筋の光。

手を伸ばす。届くはずもないのにただ、光に迎えを求めるかのように。

空が朝を迎えると同時に一筋の光は大きく偉大に広がり神殿いっぱに注ぎこまれる。



濡れた体を温めるかのように生ぬるい光。



視界がぼやけると同時に閉じる重い瞼の先に広がる闇は待ち望んだ死













・・・やっと。















・・・・・ありがとう。
















孤独の中で何百年も生きてきた。


ウミ、君と出会うまで。








幸せだった。


ウミ、君と出会ってからは。














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あとがき:

三部作お楽しみいただけたでしょうか?
未来ネタはどうしてもオリキャラ出現度が高くなり傾向にありまして・・・。
皆さんからの反応を怖くも思っていたのですが、こうして無事に閉めることができました。
死にネタといっては暗いですがまぁ、じっさいそうなのでね。
これ以後彼の死にねたは書かないつもりです。

ご意見、ご感想などお待ちしてます。