カレンダーを見ればもう11月。夏が終わってからまるで時間を司る懐中時計がロケットに乗っかって飛んでいったかのように時間が早く過ぎている気がする。
大学生になって3年、周りが就職活動だとバタバタし始める中で、自分には何ができる?何をしたいの?と根本的なことを考えてみるけれど、答えが出てこない。

将来の夢はお嫁さん。
そんなことを言っていた自分がかわいくて笑ってしまうほどに現実とは残酷だ。
2年後に待っている両親からの一人立ちにはお金がいる。働かざるもの食うべからず、ではなくてむしろ働かざるもの、食えずが正しい。
だから自分も就職活動を始めなくてはいけないのは承知しながら、まったくやる気にならないのは夏の終わりころ、ふっと頭に浮かんだ自分への質問が原因だろう。

中学2年生の時に初めて訪れたセフィーロも今では第二の故郷のようなそんな存在になっている。
平日は日本で大学生をやって、週末はセフィーロへ行く。夏休みはその大半をセフィーロで過ごした。
でもこれからどうなっていくのだろう。就職活動が始まったら、大学を卒業したら私はセフィーロに行く時間を作れるだろうか?
作れるかじゃなくて作るのよ!!と自分に言い聞かせていた決心が先輩達の忙しそうな日常報告を受けるたびに不安に晒されている。
セフィーロへ行けなくなるということは、今あるクレフとの関係がなくなってしまうのと同じこと。
恋愛か、仕事かどちらを選びますか、なんてバカらしい質問に私は今答えなくてはならないのだ。





「そろそろ決めなきゃね。」
開かれている手帳は様々な予定で埋め尽くされている。今日、11月2日の欄に予定は一つだけ。
16:00東京タワー






エレベーターを降りればもう広がりつつある闇に輝き始めている東京の建物たち。
そして反対側ではあと30分もすれば沈むであろう真っ赤な大きな太陽。
その太陽を後ろに手を振っている光はこのところあまり元気ではないように思える。
「お待たせ、光!」
「わたしも今来たとこだ。」
初めて髪を下ろして、スーツを着た光の姿を見たとき、その容姿に驚いたけど、それももう見慣れてしまった。
「今日も会社説明会だったのね。」
そうなんだ、と手すりに肘をついてまた考え深い顔を見せる。
光も私に似たような悩みを持っているに違いない。自分の幸せはどこにあるのだろう。
地球にある幸せは自分が求めている幸せなのだろうか。




「光、私いろいろ考えたんだけど・・・。やっぱりあっちに行くことにするわ。」
同じことを風が言いだした時のことを思い出す。風はセフィーロでフェリオと暮らす決断をした。
もうかれこれ3年も前の話だ。あのときは本当にびっくりすることしかできなかったけれど、頭の良い風のこと、地球にとどまり続ければいつか就職や将来への不安にぶち当たることを分かっていたのだと思う。

今度は私の番。沈みかけた太陽に目を細めて決めた決断は一生に関わるものだ。
「就職活動はね、セフィーロでしようと思うの。」
地球のお料理教室や子供達の面倒を見る先生とか、自分にもできることはあるはずだ。
いくら良く知っている異国と言っても正直、就職活動に励む友達と違う道を選んで、どんな未来が待ってるかなんて分からない。

でもあの人の隣でなら、頑張れると思う。
ふと横にいる光を見れば、彼女も笑ってた。

「海ちゃん、わたしもずっと同じこと考えてた。」
会社説明会に行っても、相談会で誰かと話していても日本での将来が想像できなくて。
きっと自分の進むべき道はこうじゃない、と心が教えてくれている。そんな感じだったんだ。


家族や自分の国と愛している人がいる国のどちらかを選ばなければならないなら、きっと私に決断なんて一生できなかったけれど
家族を、国を捨てるわけじゃない。いつだって会えるもの。
そう、ただ生活の基盤を移すだけ。








「だからね、私達がおじいちゃんとおばあちゃんになる頃、地球に行ける方法が見つかったら老後はあっちで暮らしましょう。」

今日決めた決断は間違っていなかったと将来言える様に、この国で生きていく。

大丈夫だと思うんだ。

だってこの言葉を聞いたクレフが本当に幸せそうに微笑んだから。