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WITH YOUR LOVE
Dancing on the floor
恋人達の季節が巡ってきて、街中がたくさんのイルミネーションで照らされる12月。視界に移るのは見慣れた街。どれもこれも、飽きるほどに見慣れた景色。少し違うのは、綺麗な人工的な光が、夜を彩っていることくらいだ。
季節の象徴である緑や赤の強い色が、暗い街を照らしている。ところどころにある氷の結晶の形をしたランプは可愛らしいが、墜落した感情にはもう少し、優しい色が欲しい。黄色身を帯びた、柔らかい色がいい。
駅までの道を早足で歩く中、手を繋いで歩くカップルや、大通りのベンチに掛けて暖かいドリンクを一緒に飲むカップルの姿に冷え切った心が少し温かくなった。そんな恋に暖かくなるこの街をいつもと同じように早足で行く私は、独りだ。
会社から家へ戻るいつもと何も変らない行動とこの道。ここに訪れるカップルの入れ替わりだけが、時間は経過しているのだと、今日は昨日ではなく、新しい違う日なのだと教えてくれる。
『龍咲さんって機械みたい。』
同僚は、機械みたいにテキパキ正確に仕事が出来てすごいね、そう褒め言葉として発言をしたらしかった。でも私にとっては一番言われたくない言葉だったのかもしれない。言われて、心を痛めた自分がいた。
自分が機械のようにしか此処で生きられないことを一番良く自覚しているから、ズキンと痛んだ。 赤信号に行く道を止められ、粉雪が振り出した中で傘を広げる。昔は飛び跳ねて喜んだ雪なのに、感動も、嬉しさも当時のような抑揚はもう見せてくれない。
壊れていく。
素敵なお嫁さんになって、幸せになるという幼い無邪気な夢が社会という現実に打ち砕かれていく。大人になってしまったことが、感情を鈍くさせている。ママのように素敵な人と幸せになりたいという理想がどんどん流されていく。忙しく、心に余裕が無い毎日に友達との距離が大きくなっていく。
ネガティブなことばかりだ。
こんな人生のために、学生時代頑張って勉強したわけじゃない。
こんな人生を続けるために、仕事を頑張っているわけじゃない。
毎日毎日、造られた終わりないレールの上を疑いもなく走って、電池だけを無駄に使う汽車の玩具のように私の人生もまた、在り来たりなサイクルを抜け出す機会なく紡いでいる。
「私ったら、何を考えているのかしら。」
ダメだ。
駅のフォームでネガティブのどん底にいる自分にハッと気がついて、並んでいた列を抜け、人の波に逆らって階段を駆け下りた。6番線から、1番線へ。
目的地変更だ。
「ご乗車ありがとうございます。次の停車駅は浜松町、浜松町です。」
駆け込んだ込み合う電車の中で隠れて深呼吸をした。既に窓の遠くに見えている目的地のイルミネーションに目を細める。
『会いたいと思うときに来ればいい。』
そんな言葉をクレフにもらって僅か1週間。
彼がいない1週間は鬼のように長くて、退屈だ。
1ヶ月くらい彼なしでも耐えられる。そんな私の容易な考えはストレスに見事打ち砕かれた。
目的地は東京タワー。
閉館時間まであと30分。
プレセアが運んできた食事を済ませ、王子と少し酒を交わした後、城内にある植物園の中で独り時間を過ごしていた。この時間、此処を訪れるものは限りなく少ない。一人で考え事をするには打ってつけの場所だ。
温室の温度に保たれたその大きな部屋の中を人工的な小川を水が流れていく。その音が心地いい。魔法で透過させた屋根の外では、星が大きく輝き美しかった。
考え事とは言うまでもない、ウミのことだ。
導師という役職柄、普段の生活は私情を挟むことを許されないほどに忙しく、慌しい。国のことだけを考えなくてはいけない時間、恋人の存在を思い出すことは少ない。だがこうやって、一日の業務から介抱されると同時に、此処にはいない恋人の存在が愛しくなって、会いたくなって、抱きしめたくなる。魔法で彼女の姿を目の前に映し出して、その頬を撫でても感触はない。すり抜けて、消えてしまう。
『私と過ごしてくれないか』
そう言いたかった。自分だけの者にして、ずっとずっと傍にいてほしい。そんな我侭を私は彼女に言うことができない。ウミにはチキュウでの生活があって、大切な人々がいる。それを奪う権利は私に無いし、いつかこちらに来るか、それともチキュウに残るのか、決めるのは他の誰でもない、彼女だから。
『会いたいと想う時はいつでも来るといい』
そんな言葉が今日までの私の精一杯だった。
そして毎回、チキュウに返してしまう。本当は、ずっと此処にいて欲しいのに。
『クレフ』
夢の中で名前を呼ばれた。その優しい声に瞳を開きけば思った通り、優しい表情を向けるウミが笑いかけている、良く見る夢の一つだ。出会った時より随分大人になって、個性が持つ雰囲気もまた変化を遂げた。立派な女性となった彼女が見せる喜怒哀楽の表情に、私の心が踊らされているのは間違いない。
また、彼女の頬に手を伸ばしてみる。また、消えてしまうのに。何度も何度も、手にしたいと願ってしまう。
こんなに、彼女を愛している自分が此処にいる。
記憶の残像でもいいから、彼女を感じたい。彼女の頬に触れた私の手を、違う人間の手が包んだ、その瞬間覚醒して私は目を大きく見開いた。
「起こしてごめんなさい」
「・・・ウミ?」
「会いたくて、きちゃった」
夢じゃない。
彼女の頬を触っている手の感覚が実際の物だと気づくのに数秒要った。
迷惑だったかな。そんなことを言う彼女を何も考えずに思わず抱きしめる。さっきまで寄りかかっていた背中が急激な運動に少し痛む。でも背後の痛みより、腕の中にいる存在を感じたくて一層腕に力を込める。
「私も、会いたくて仕方が無かった」
そんな本音に驚いたのか、緩めた腕の中でウミが目を大きくして私を見上げた。誘っているのか、自覚が無いのか、その表情が今の私には反則で、桜色の唇をなぞって理性のままに口付けた。
体を引こうとする反応は許さない。舌を絡めてより一層深く口付ければ、涙目になって時折甘い声を漏らす彼女に欲情が止まらない。
「溺れてみようか」
おそらく今日は、朝まで彼女を
放してあげられない。
いつ眠りについたのか全く覚えていない。強い腕に身を任せたら、散々抱かれて、果てて目を閉じたのが最後の記憶だ。手探りで窓のカーテンを引くと、太陽が外でサンサンと輝いていた。もう昼ごはんの時間が近いのではないか、何となくそんな予想をつけて体を起こそうとしたけれど、クレフの腕が、私の胴体をしっかり繋ぎとめていて抜け出せない。 乱れたシーツや散らばった衣類を見れば、昨日の行為がフラッシュバックしてくる。同時に顔が熱くなる。多分、今の私は茹蛸のように真っ赤になっている。
「・・・恥ずかしい。」
バッと手で顔を覆って、思い出さないように努めたけれどそれは無駄な努力に終わって、逆に拍車を掛けていく。
『もう二度と放したくない。』
クレフの口から出た言葉に心底驚いた。そんなことをこんなに素直に言う人だったっけ、そんなことを思いながら、反応を返すことはできなかった。何か言う前に彼の唇で私のそれを塞がれて、それどころじゃなかったから。
たくさん、話をした。これからどうしようか、って。1週間会えないだけで気持ちにガタが来ている私が、あちらで生活を続ける意味があるのだろうか。仕事も家族も大事だけれど、ストレスでしかないあちらの生活を、これから一生続けることが私には出来るのだろうか。
14歳の時、初めてこの国に来て、導師と呼ばれ、人々に慕われているクレフに出会った。
導師と魔法騎士。現代的に言えば師匠と弟子、もしくは部長と平社員のような関係だった。そんな事務的な関係が、時間をかけていつかこんな親密なものになるなんて、あの頃誰が考えただろう。
幼い頃の恋心は一時的なものだと思ってた。フウがフェリオに恋したのも、きっと一時的なもので、大人になればそんな新鮮な気持ち忘れてお互いが離れていくんだろうとそんなことを考えていた。私も、セフィーロとチキュウの往復を繰り返していれば、いつか面倒になってクレフのことを忘れられるだろうと思っていたのに。
結果は見事にその真逆。
忘れさせてなんてくれなかった。彼も私を愛してくれたから。
ずっと悩んでいた。
地球の生活を続けるべきか。セフィーロで暮らすことを選ぶか。
私には選択権がある。一度どちらかを取ってしまったら、きっともう二度と変更なんて出来ない選択。優柔不断な自分に嫌悪が差すほどに、私はその選択を引きずり、今日まで引き伸ばしてきた。だけど昨日、クレフがくれた言葉が私に選択する勇気をくれた。
『残された一生、お前だけを愛すると誓いをたてようか』
『・・・誓い?』
『ああ。血の誓いと呼ばれているもの』
『なっ!ダメよ。それって破ると命を奪うって言われているセフィーロの禁忌魔法でしょ?』
『良く知っているな。王子に聞いたのか』
『・・・ええ。とても強力な魔法だと言っていたわ』
絶対だめよ。そう身を乗り出す私の髪を掬って口をつけたクレフは笑って、『さあ、どうしようかな』そんな風に私をからかう。
『命を賭けてもいいと思うほどに、本気で惚れているんだけど。・・・ってウミ?』
『か、カタツムリごっこ!』
ベットの上で背を向けて毛布を巻いて丸くなる。心臓が、信じられないほど早く波打って、顔面からお湯が噴出しそうだ。強い眼差しでそんなことを言われて、動揺せずポーカーフェイスを保てるほど
私は人間が出来てない。
いつもなら自分よりもずっと早くに起きて、行動を開始している導師クレフの姿がない。こんな時間まで顔を見せないなんて事、今までなかった。まさかお体に何かあったのではと心配して、導師が寝室にしている東の塔の上階を訪ねようと回廊を歩いていた。いつものように日の光が降り注ぐ回廊を、俺とそしてもう一人の足音が響き渡る。背後にいる人物の存在に足を止め、振り返った。
「ランティスか。おはよう」
「導師の処へいくのか」
「ああ。お姿が見えなくてな」
「ウミが来ているからだ。そっとしておいてやれ」
「ウミが?・・・止めてくれたこと例を言う。思い切り部屋の扉を開ける気でいた」
「それより散歩に付き合わないか。退屈だ。」
「おはようございます導師クレフ。・・・ってもう夕方ですね。随分と清清しいお顔をなさっておいでだ。」
「久しぶりにゆっくり休ませていただきました」
いつもとは違う簡単なローブで俺たちの前に姿を現した導師を纏う雰囲気が、昨日とは全く違う。軟らかくなったそんな気配に、皆の緊張が緩んでいく。こんな導師を見るのは初めてだった。
各職の代表が集まる部屋の中、いつもの席に腰を下ろして茶を口に運ぶ彼に何があったのか、想像すればそれは容易に答えが浮かんでくる。
「それで?」
「なんです?」
「ウミを引き止めたいと仰っていた事は行動に移されたのですか?」
「決めるのは私ではなく彼女です。ですが、気持ちは伝えられました。」
思う事を素直に話せるとは素晴らしいことですね、そんなことを小声で言う導師に苦笑した。これがもっと早ければ、素直にウミに気持ちを伝えられていたら、あんなに悩まずに済んだだろうに。
自棄になってしまうほど、考えなくても済んだだろうに。
導師の恋が報われるといいな。
今まで悩み、抱え込んできた導師をもう二度と見たくないから、彼が幸せになりますように。
そんなことを夕日に願った。
木漏れ日が暖かい。こんなに静かで優しい太陽が降る国は隣国の中でもこのセフィーロだけだ。カルディナが良く言っている、セフィーロは光の国なのだと。フウは良く『春のようです』と言う。チキュウには四季と呼ばれる気候の決まりごとがあるらしい。このセフィーロの様な気候を魔法騎士達はハルと呼ぶ。
「ナツってどんな季節なのかしら。」
そんな疑問を浮かべながら、毎朝の日課をこなしていく。庭の植物に水を遣って、店の看板を外に出す。姉、プレセアが住んでいたあの森の中の家に移り住んで数年。ずっと城で遣えていた仕事に終止符を打って、導師クレフの助言でまた創師としての仕事を始めた。
小さな武器屋を開いて、細々と始めた仕事は軌道に乗って、当時導師に使えていた時に匹敵する程に大量だ。いや、もしかしたら当時より多いかもしれない。
充実した生活に、城を出て良かったと思う自分がいる。
最後の数日は、本当に潰されてしまいそうだった。嫉妬と言う感情に負けてしまいそうだった。
姉、プレセアと同じ人に惹かれて、恋をして、少しでも彼の傍に居たいとそう思うようになった。誰よりも近くでクレフに接することができる地位を私はあの城で持っていた。でも導師クレフは異世界の少女を心から大切にしている。それは、見ているだけで分かるほどに大きな愛で、一番の側近として彼を見ることが苦しくて、もう2人の幸せを見たくない、そんな醜い考えを持つようになっていた。
様子がおかしい私を気にかけて下さった導師に、息抜きに城を離れて好きなことをしてみてはどうだ、と助言をもらい移り住んだ姉の家。ここでの生活は私の心をとても穏やかなものにしてくれた。たまに街で耳にする導師クレフと恋人の噂を聞くたびに、微笑んでいる自分がいる。
あのころのような嫉妬心はもう全く無い。
「さて、仕上げましょうか。」
先日導師クレフから依頼された調度品も、今日一日を費やせば完成するだろう。彼の大切な人への贈り物になるその家具たちを、届ける日を思えば頬が緩む。
ようやく2人が同じ道を歩き始めた。そんな報告を王子から受けて、私がどんなに嬉しく思ったか、当人たちは知る由がないだろう。
あんなに幼い少女だった彼女と、この国の導師が今日まで築き上げてきた関係がようやく合流点を通過した。
大好きな人の元へ来る事を選んだ異世界の少女の重い決心を、導師はこれから一生を賭けて守って下さる。
「ウミ、ようこそセフィーロへ。」
彼女がいれば、慕うクレフが恋という悪魔に
悩まされる日はもう来ない。
END
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