Miraclef










ドドドドドドドッ!!!

ダダダダダッ!!!!

いつも冷静で有名な導師クレフがここまで慌てたことはかつてなかったはずだ。

廊下を走る脚。切れる息に冷や汗を纏って魔法騎士が寝泊まりしている部屋の前で急ブレーキ。

ドンドンドンドンッ!!!!

「ウミ!開けろ!」









命令口調で自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

クレフね。

今日はゆっくり休めって昨日言ってたのに何かしら。



数秒前に開いたばかりの目が閉じないように、Wake upの呪文を自分の中で唱える。



んあー!っと朝恒例の伸びを数回ベットの中で繰り返して髪も整えないままさっきから騒がしいドアをあけた。

こんな起し方をされて、機嫌は決していいものじゃない。



「何なのよ、クレ・・・・。」







いつもは笑顔でモーニングコールに来てくれる彼の表情が曇っている。

というか既に手がワナワナ震えてる。

そして彼の右側に立つ人。その右の人の右に立つ人。

左側に立つ人。その左の人の左に立つ人。



クレフの後ろに立っている薄紫の髪の男性方。

開けたドアは180度人間の山に囲まれている。

「は?」

グルーっと180度を一度見回して大きな溜息を吐いた。



クレフと同じ顔した男性が20人、何と小クレフも10人ほど立っていてみんな同じ形相でこちらを睨んでいる。



「夢か。じゃ、おやすみなさー…。」

扉を閉め、ベットに戻ろうとした瞬間締まるドアの隙間に杖を入れられ行動を阻止された。

クレフA「お主これは夢ではない!」

「お・・・お主って・・・。」

クレフB「ウミ、それよりおはようのキス・・・。」

「きゃー、来ないで!!」

「ガチョーン!!」

クレフC「なにかしたのであろう!吐くのだ!吐かんかい!!!吐けゲロー!!」

「なにがゲロよ、あんただれ!?」

「おらが100人になってしまったじょ。」

「・・・。」

「びえーんウミたんが何かしたぁ!!!」

「クレフの顔して赤ちゃん言葉いわないでー!」







一斉に話しだしたクロロ×30が詰め寄るようにズカズカと部屋に立ち入る。

部屋の主は恋人と同じ顔を持つ人間の口調と性格の違いに吐き気を催した。

そしてこの迫ってくる男共のリアルさにこれが現実だということをヒシヒシと勘が理解し始める。



「ぜ・・・全員ク・・・クレフ?」

「「「「「「「「「「「「ああ。」」」」」」」」」」」」



目元が引きつる。ピクピクと動く顔筋を抑えきれずにクレフを掻き分け蒼い髪の少女は部屋を飛び出した。



「プ・・・プレセアぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」





















ウミのものすごい叫び声に廊下へ飛び出してみると寝巻のまま全速力で走ってくる蒼い髪の彼女を見つけた。

そしてその後ろからまるで動物の大群通過のように足音を鳴らし走って来たのは良く知る男性・・・達。



「プレセアぁぁぁぁぁぁ助けてぇぇぇぇぇ!!!!」

泣きそうな表情で猛ダッシュしてきた彼女を抱きとめて、とりあえずドアを素早く閉めた。









プレセア姉さんの詰問タイム。

集結したクレフ総勢30人を食堂の椅子に座らされ質問に正直に答えること、とのルールの下、調査が始まって早10分。

「導師、昨晩の御夕食は何を召し上がられましたか?」



「私はちゃんとした夕食を取らん。」

「酒は果実酒を2杯。」

「プレセアが夜食にブイテックを持ってきたな。」



どの答えも正解。導師クレフは夕食を取ることはほとんどない。

夜も遅くまで仕事を抱える彼にとって眠気を催す食事は大敵なのだ。



「では一昨日ウミが身に着けていた下着の色は?」

この答えを全員が知っているというのなら、全員がクレフであるともはや疑いようはない。

「ぶッ!!ちょっとプレセアッ!!」



「・・・淡い水色。」

「・・・花のレースだったか。」

「・・・生地の模様は花柄。」


詰問者に合ってる?と相槌をつかれ、一つコクンと頷いた顔は真っ赤だ。

恥ずかしがる海をよそにプレセアは大きなため息を吐いた。

「・・・本当に全員導師なのですね。」






「だからそうだといっている。」

「おらクレフ。」

「私が本物だ。」

「いや、私が本物だ。」

「プレセア惑わされるな、私だ。」

「お前達、嘘をつくな。私こそこの国の導師だ。」





騒ぎ出したクレフ達を黙らせるためドン、っと机を一発叩いたプレセアは2度目の溜息を吐きながら手を額に当てた。

思い出せ、いつかもこんなことがあった気がする。

はッ、っと記憶の糸が繋がったと同時に数年前文献で呼んだ事例を思い出す。

よく考えればその記述は今の用意されている状況に一致するではないか!

「・・・導師昨晩いつものお薬飲まれましたか?」

「あぁもちろんだ。」

「もちろん。」

「飲んだ。」

「あれなしではなかなか寝られないからな。」



睡眠薬、と言えば聞こえが悪いが、忙しい生活でも体に充分な休みを与えられるようにと調合されたハーブの快眠導入薬を導師クレフは毎日摂取している。



「ウミ、あなた昨日導師のお部屋にお花を飾ったじゃない?その花の名前、何だかわかる?」

なんでこんなことになったのか・・・。

おそらく原因はあの薬とタイミング良く置かれたあの花のせいだ。



「・・・まさか。」

答えたのは海ではなくクレフ。全員が一斉に指を顎先に当てて、考え中のポーズを取る。

「そうか、あれか。」

「間違いなさそうだ。」

「不覚だな、気付かなかった。」



やっと原因が分かった、と勢いよく立ちあがり音を立てて出て行く60本の脚に呆然としながら、ウミは今にも溢れそうな涙をこらえた。

「・・・たしかコ、コロイロっていうお花だってきいたわ。」

涙声に気付いたプレセアは、はっと蒼い髪の少女を振り返り華奢な体に腕を伸ばす。

責めるような口調だったかもしれない、と数十秒前の発言を後悔した。



「大丈夫、あなたの置いた花のせいじゃないの。」

ウミは優しいわね、っと気持ちが落ち着くように暖かいミルクをいれた。



「コロイロはハーブの一種で咲かせる花はとても素晴らしく、更に精神安定の作用があって薬として用いられることが多い。導師がいつも飲まれている快眠剤にも含まれてるわ。

でもあまり多く取り過ぎると、今日の導師のように体が分裂してしまうことがあってね。」

あはは、と昔のことを思い出して笑う。

「実は私、姉がいるのだけど、彼女もコロイロで分裂したことがあって。」

「プレセア、お姉さんがいたの?知らなかった・・・。」



「ふふふ。理由は今回の導師と同じ。私が姉にコロイロの花をプレゼントしたから!」

「どうゆうこと?」

「つまり、薬で摂取したコロイロの作用、あと睡眠中に吸い込んだコロイロの花粉の量が定量をオーバーしてしまったのね。」

体は何としても摂取人物を休ませようと、体を分裂させて行動させることで一人一人の負担を減らそうとするのだ。

本当に負担が減るのかと言われると、目を覚ました時自分の存在が20〜30人になっている精神的ストレスを考慮しても是とは言えない。

唯一と言っていいコロイロの欠陥。





通常、この現象は10時間もすれば自然に戻る。あの導師のこと、今頃さっそく解剤を調合しているだろう。

数分もすれば戻ってくるはず。



「今日からしばらく導師に薬は運ばなくていいわね。」

やっと笑顔になった少女の顔を見て、今日分用にに用意していたものを引きだしに戻した。



「導師が良く眠れますように、ってウミが置いて行ったコロイロの花の方が絶対効果抜群だから。」













数分後始まる恋人達の雰囲気を壊さないように私は退散しようかな。

ウミの肩に手を置いて、導師をここで待つように促した。

「プレセア、朝から騒いでごめんね。どうもありがとう。」

うらやましいくらい素直な彼女の笑顔に癒されている慕う男性。

彼が病んだ時、一番の薬になるのは彼女自身なのだと本人は自覚もしていない。

ウミを少し不憫にすら感じるけれど、きっとこの2人はうまくいく。

幸せね、2人とも。

















じゃぁね、と扉を閉め歩き出す。

今日は王子の監視をしなくてはならない。

螺旋階段を登る途中、反対側から一人下りてくる「いつもの導師クレフ」を見つけ一礼。

すれ違い間際「ありがとう」と大好きな声が耳を掠めた。



導師が幸せで、私も幸せですよ。

なんて言える日はこの先90%来ないけれど

100%確かなのは今日もいい日になるということ。







「さて、今日も仕事、仕事!」

ウミに教わったチキュウの歌を鼻で口ずさみながら

久しぶりに顔を見せた太陽の下で一回大きく背伸びした。