しばらく使わなかった愛鍵を使って侵入した大きなマンションの一室。
真っ暗な闇に目を凝らして、リビングに持っていたバックと上着、それに頼まれていた物が入った袋を置く。辺りを見渡すとサイドボードに転がっているグラスと薬のゴミが視界に映った。
どうやら相当やられているらしい。
闇の中に漏れる一筋の光りは、この家の主人の寝室のドア下から注がれている。家の中で唯一灯りが付いているその寝室の扉を開け、ベッドに目をやる。
時刻は午後9時。普段なら大人が寝に入る時間ではないけれど、今の彼には必要な休息時間。夕方掛かってきた電話には驚いた。今週はパクノダと仕事だと聞いていたからだ。仕事中のクロロから電話がかかってきたことは一度だってない。
随分ひどいのだろうと訪ねて正解だった。
「クロロも人の子ってことかな。」
「か。・・・呼びだして悪かった。」
鼻声に、荒れた声。
彼と知り合って数年になるが、こんな姿を見るのは初めてだ。
「蜘蛛の団長がインフルエンザなんて、シャルナークとノブナガが知ったら大笑いされるから黙っていようね。パクには言わなきゃだけど。」
ゴホゴホと咳き込む彼の額に手をやって、自分のそれと体温を比較する。どうやらかなり熱もあるようだ。ガクッ、っと身体をベッドに任せるクロロの姿を見て、一昨年自分が罹った時に看病されたのを思い出す。一度熱を出すとなかなか下がらず、瀕死状態だった私を、クロロは熱が下がるまで泊まりがけで看病してくれた。
汗ばんだ額に貼りついた髪を脇へ避けて、熱い息が漏れる唇へ自分の唇を寄せる。
「よせ、うつるぞ。」
「平気、予防注射打ったもん。」
「・・・ん。」
ちゅッ、とリップ音を残すだけの軽いキスに反応する彼が子猫のようで、込み上げる笑いを懸命に押し込めベッドに腰を下ろした。
カタリとも動かなくなったクロロは意識を手放して、もうなんの反応も示さない。少し乱れた吐息だけがこの大きな寝室で彼が生きていることを告げている。
『はい、もしもし。』
『、くれ。』
『何?聞こえない。どうしたの?』
『来てくれないか。ついでに薬を持ってきてもらえると助かる。』
『・・・面倒診てくれる女性(こ)なら他にいくらでもいるでしょうに。』
『他の女はいらない。』
頼りにされている思えば、母性本能が湧く。
数多くの女性の中から私が選ばれたのなら、それはとても光栄なことだ。
「こんな君を見られるのが私だけなんて、幸せな事なのかもしれないね。」
さて、クロロが治ったらお礼に何してもらおうかな。
普段はつきあってくれない女のショッピングに強制連行してみようか、
近未来に彼と作る時間があると思えば頬を緩めている自分に気づいて、苦笑した。
どうやらやはり、私は彼に惚れているらしい事実を確認して。
END