Laura's Sister

「一体何をどう考えたらこうゆう結果が出るんでしょうね。」

手を額に宛てて盛大な溜息をついたに部下の一人が気分転換のミネラルウォータを差し出そうと近づいてくる。
それを「待った」の仕草で要らないと合図したかと思うと、今度は呆れたように首を横に振った。

「自分の親はそこそこ頭がいいと思っていたが、どうやら勘違いだったみたいです。」
「家系のための縁談はよくある話だ。本人同士の事情なんて関係ないのさ。」

しゃぁしゃぁとまるで他人事のように言うクロロに「へぇ。」と片眉を吊りあげては睨みを利かせた。
「私はごめんです。あの2人が結婚なんてしたら、今後の生活環境がどんなことになるかわからない。」

2人の結婚後の様子をシュミレーションしたのか、クロロが持っていたコーヒーカップを置いてクックッと肩をふるわせ始めた。
「笑いごとじゃないですよ。姉さんとイルミが結婚だなんて。」

















「お前の親は頭が悪いと言っていたが、それは正解じゃないな。今回の婚約の本当の目的、分かってるんだろう。」
まるで厭味を含んだように笑うクロロにタバコの煙を吹きかけ、火種をクリスタルの灰皿に押し付ける。
「確かにローラのほうがイルミに年も近いしな、理由を並べるには好都合だったわけだ。
ゾルディックだってお前が親戚になるなら兄弟どいつの嫁でもいいと思ってるだろう、だったら−。」
「ストップ、」
凍てつくような冷たい視線と乾いた声、これがの仕事モード。
「それ以上は言わなくていい。」

ぞくり、とクロロですら冷たい衝動を背筋に感じるほどの冷やかさ。
これだけ若くして有名マフィアのトップに立ったのは親の力ではないということか。



自分を制するかのように立ち上がり背を向けた。ボスのソファー後部を担当しているボディーガードは彼女が振り返ったことによって、顔を向き合わせる形になってしまった。

ボスの放つあまりに切迫した空気に押されて、3人のいかついボディーガードは額に冷や汗を浮かべている。
腕を前で組んでいる後ろ姿は、姉のローラとそっくりだ。
ピリピリとした殺気、ボディーガードの手前、出さないように気を使っているのだろうが、それでも溢れてしまうのはそれ程イライラしている証拠。
この殺気は誰に向けられているものなのか。自分の両親にか、それとも真相を話そうとした俺にか。

の殺気に後ずさりを始めたボディーガード、ずっとアレを受け続けるのは念能力者でもさすがに不憫だ。

、その辺で止めておけ。」
数秒後、ゆっくり首だけもう一度こちらに向ける。そこにはもうあの冷徹な表情と殺気はなかった。

容姿に似合わずいつものようにヘラヘラしている普通の女が一人。

「ボ、ボス・・・。実は先ほど本邸からお電話がありまして−。」
殺気が切れたにようやく近づけたボディーガードが持ってきた言伝。

耳元で聞かされるその内容に溜息を吐いて、華奢な身体はその方向を応接室の扉へ向ける。
本邸から緊急の用事か?内容が想像できないわけじゃない。



「じゃぁ、クロロさん。私はこれで。」
去り際、何かを諦めたかのような儚い微笑で、最後に口元だけを動かした

やっぱり妹の方が姉より思考も行動もかなり大人らしい。

無言で一つ、コクリと首を上下させれば、安心したかのようにいつもの明るい笑顔を見せ出て行った

心は泣いているのだろう。



『姉をどうかよろしく頼みます。』





























「一体何をどうしたらこうなるわけ?」
イルミの発言は元から抑揚のない、だからどうでもいいことのように聞こえてしまうのが特徴だが、今日は違った。
母親がカルトと祖父に庭の小屋前で毒入りの紅茶を振舞っている時、シルバから解放されたイルミが現れ開口一番に放った声の抑揚に、3人が目を見開いた。

「あらあら、イルミ。一体どうしたの?」
おほほ、と場を和ませようと明るく聞き返すキキョウは「まぁ座りなさいな。」と4つ目の椅子を引く。
「俺の婚約の話、父さんから聞いたよ。」

あぁ、それね、と唇を横に引き笑うキキョウは一人楽しそうに毒入り紅茶に手をつけた。

「そうよ、家から直々に申し出があったの。ローラさんは不服かしら?
彼女の強さはゾルディックに必要ですもの、文句はないわね。」
イルミが右の拳を強く握りしめたのに気付いたゼノは、何かを考える素振りをする。

「ローラ?イルミが仲がいいのはではなかったかの?」
ほら、あのヘラヘラした。と付け足された修飾語は決して良いものとは言えないが、それ以外にを特に特徴づける形容詞が見つからなかった。


黙るイルミ、そして不意に聞こえる足音、駆けてきたのは三男。彼の形相もまた穏やかなものではなかった。

「母さん!どうゆうことだよこれ!」
ギャァギャァ何かを言いながら寄ってきたキルアは髪を掻き乱し「兄貴に殺される!!」と叫んでいる。
その兄貴の姿を見つけ、急ブレーキでUターンをしようとする弟の髪の毛を掴んでムリヤリ振り向かせるイルミをカルトは怖い、と思った。

「二人とも、おやめなさい。」
カシャンと音を鳴らして置かれたキキョウのティーカップは衝撃でそこに亀裂を一つを作る。

「このゾルディック家を継ぐのはキルア、あなたです。そのあなたには奥さんも一番素敵な方を付けたいと思うのは当然のこと。家が裏世界で抱えるマフィアの頂点に立つさんをあなたの奥さんに迎えれば、ゾルディックの仕事にも大きな利益があるのよ。」
さっきよりも強く握られたイルミの右手から鮮血が伝う。

「そしてイルミがローラさんを奥さんに迎えればゾルディックはダブル安泰。」
ほほほ、と羽の扇子を傾けるキキョウ。

向き合い立つイルミは握った拳で背後の庭小屋の煉瓦に横から一発打ちこんだ。
石が砕ける衝撃で舞った砂埃、紅茶を駄目にされた母親が「イルミッ!」とヒステリックに叫ぶけれど届かない。

この女性だけでもヒステリーは十分だというのに、これにローラ・が加わってはどうなることか。

怒りなのか、悔しさなのか、何の感情なのかすら分からない。

ただ、自室へ歩く道、浮かんでくるのは「ヘラヘラした女」の笑った顔やら怒った顔ばかりで余計にムシャクシャした。





























「ふざっけんじゃないわよ!!!!!!!」
もう、美しさの跡かたもなくなった家本邸、長女の部屋。侍女達は暴れる部屋の主を抑えることに精一杯。
ヒステリックに物を投げ、壊すローラにまだ、「おやめ下さいお嬢様。」とか「落ち着いて下さい、ローラ様。」と言えるのは長年連れ添った侍女たちだからであって、これが執事や今回のヒステリックの原因を作った両親だったら瞬殺する勢いだ。

「何で私があの黒髪ロン毛能面男と結婚しなきゃならないの!?あいつなら二男の方がまだマシだっての!!」
羽毛のクッションをドアに向かって投げ飛ばした次の瞬間、何ともタイミング良く開かれた扉の前に立つ女は、片手で念を纏うクッションを止めて、ドアの格子に身体を預けた。

「姉さん。」
大好きな声にはっ、と血の気を引かせたローラはショーケースのガラスを割ろうと振り上げていた手を下ろして駆け寄る。
ちゃん!ごめんなさい、怪我はない?」
「大丈夫です。それより派手に暴れましたね。」
御苦労さま、と侍女達に声を掛け、まだ何とか形を保っているソファに腰を下ろすの横にローラも座って、妹の頭を撫でた。

「姉さん。今日の深夜、クロロさんが迎えに来ます。それまでに身支度の準備をしてください。」
「・・・。どういうこと?」

頭をなでる動作を止め、膝上に置かれた姉の手をとって握り締めた。
「此処にいたらあなたはクロロさんと一緒になれない。逃げるんです。」

父親はスラム住まいからここまで這い上がった実力者。マフィアの中には父に敬意を表す者が今でも多くいる。
今回の縁談を取りまとめたのは母親だが、両親の名前に泥を塗ることになれば娘に制裁を下すことすら、彼は厭わないだろう。

「あなたはどうするの?」
「私は母さんの言う通り、キルアと結婚することになるでしょう。」
本気で言っているのかと聞きたそうな姉に大丈夫ですよ、と笑った。

「私にとっては自分がキルアの嫁になることより、姉さんとイルミが結婚したあとの生活の方が問題ですから。」

姉のイルミ嫌いは半端ない。顔を合わせる度に何とかイルミを殺そうとするローラの後ろ姿を見て育った。
あの2人が結婚したら、待っているのは殺戮の日々。
家に平和なんて二度と訪れないだろうし、まかり間違えば本当に片方が片方を殺しかねない。どちらを殺されても困る。
たとえ、頭領を継いだ自分の結婚は阻止できなくとも、姉の婚約の方をぶち壊してもそこまで問題にはならないだろう。
だからクロロ・ルシルフルに頼んだ、ローラを攫ってくれ、と。元からの名前をウザがっていた姉にとってはこれはいいチャンスでもあるのだ。

姉のイルミ嫌いはもうかれこれ8,9年近くになる。
イルミの容姿ばかりを非難する姉だけど、そこにちゃんと理由があることは、本人に聞くまでもなく分かっている。

「姉さん、を抜けたら元彼さんを許してあげてくれませんか。」

二人がかつて恋人同士だったこと、本人達は隠しているけれど私はそこまで疎くない。

「・・・あなた、知ってたの?」
「はい。」

ちなみに2人が付き合い始めてすぐに気付きましたよ、と言えばローラは目を大きくして唇を歯で噛みしめた。
「姉さん、口から血が出てる。」

「あのウンコ長毛はいくら妹の頼みでも許せない!!」
一度落ち着きを取り戻したローラの声が再び大きくなり、侍女たちはそわそわし始めた。

「私の大事なの身体に傷を付けたあの野郎を許すなんて、この生涯あり得ないわ!」

勢いよく立ち上がり噛みしめた唇から血をまき散らし叫ぶ姉の手を持ったまま、落ち着けと再びソファに座らせようと試みるけれど、本人は先ほどのガラスのショーケースへ向かい今度こそ得意技、念クッション飛ばしを成功させた。
ローラを何とか取り抑えようとする侍女達が横を通り過ぎる。




タートルネックの服しか着なくなって8,9年。
ウェディングドレスは着れそうにないね、とムリヤリ笑った当時の記憶が脳裏をかすめた。













続く