「おい、客人だぜ。」
フランクリンの後ろに隠れるようにしていた私は絶を解いて彼の背中から顔だけを覗かせた。
向けられた団員の驚愕した表情、呆気にとられている表情、シャルとクロロのあの放心状態の表情は写真に収めておくべきナンバーワンショットだ。ただの集会にまさか・が来るなどと誰が想像するだろう。
誰もなんと声をかけて良いのか分からない、そんな雰囲気。
「こんにちは。」
改めて団員全員を見渡した。
クロロと話していたのであろうシャルとパクノダ、壁に身を預け昔のように精神統一していたのであろうマチ、床に座りウボーに突っかかるノブナガとフェイタン、漫画を読んでいる女の子に、腕立て伏せをしていたのであろうフィンクス。
「こんにちは。」
一礼して一番に声をかけたのは流星街でのを知らない旅団員。
「やっぱり綺麗な目、素敵。」
何を言われるかと思えば昔のクロロと同じ言葉をくれた。
「…どうもありがとう。」
次に響いたのはテノールの声だった。
「何をしに来た。」
今日は「あの日」と違う姿をしている私のもう一人の命の恩人。
今日はワイシャツにネクタイ、黒のスーツを完璧に着こなしたクロロが怒るように私を見つめる。
雰囲気はオールバックのときよりかなり落ち着いているけど、威圧感はあいかわらず彼のもの他ならない。
強い視線に押される。
「ちょっと団長、そんな言い方−。」
クロロの横でシャルが責めるけどクロロは彼を見ない、見ているのは未だに私。
威嚇している、といってもいいかもしれない。
実際には突然現れたにどう接していいか分からないだけなのだが。彼女と会うのを長い間避けてきただけあり、頭では分かっていても行動で示せないこの不甲斐無さに憤りを感じる。
「…突然ごめん。」
「質問の回答は。」
「会計という名の事務処理に来た。」
バックをゴソゴソと漁って今日の朝銀行で仕入れてきた紙をクロロに飛ばした。
パシッっと人差し指と中指に挟まれた小切手は8億ジェニー分。
「ルノーに払ってくれた5億、3億はレア関連の賠償金。」
クロロはソレをとても怪訝そうに見つめる。
「来たのはその紙を渡すだけじゃない。謝りたかった。6年前に勝手に出て行ったこと、あとレアが迷惑かけてごめん。」
「・・・前者はきいてやる。だが後者はお前があやまることじゃない。」
大丈夫だよ。
大丈夫。
「なんで来たんだ、。」
とても切なそうに、悲しそうにぽつりと呟かれたクロロの言葉に同情するようにシャルが横顔を向けた。
ルノーと言う医者の元から帰ってきたクロロ・ルシルフルを団員は責めた。
旅団員としてではなく、と幼少期を共にした流星街出身の仲間として。
あの状況下、ほいほいと顔を見せられる男はそうはいない。
クロロ・ルシルフルにしてみればカルラの気持ちを優先した上での行動だった。
それがたとえ仲間に受け入れられずとも、もう二度と愛しい女を傷つけないために選ばざるを得ない選択だったのだ。
シャルナークはこの男が半年間、団員の前で揺らぐことがあってはいけないと・という存在を忘れようと努力してきたことを知っている。
イルミ・ゾルディックに愛しい女を任せなくてはならなかった自分自身への怒りも、かつてあんなに愛し合った存在を胸の奥底にしまい、団員の前で冷静を装ってきたことも。
半年の時間を要して何とかなってきたかなと思っていた矢先に、その原因である女性がまた彼の前に現れたとなっては、今までの努力は無駄だったといっていいほど簡単に崩れるはず。
そして、彼女を忘れることなど所詮は無理なのだと、彼女は彼にとってたった一人の存在であり、これからも変わることはないのだとクロロに再度自覚させてしまう。
私はアイオライトを更に強く握り締め、泣きたい気持ちになった。
レアのことは確かに悔しい、でもクロロに責任はない。
双子の存在を言わなかったのは私だし、彼はあの女を「私」だと思って愛していたのだから。
自分の気持ちを完璧に整理するのに半年という時間がかかった。
今さらレアをいなかったことになど出来ないのだ。
前に進むには一度会うしかないと勇気を決して今日ここに来た、だた「ごめんなさい」と「ありがとう」を言うために。
なのにクロロは「なんで来たか」なんて簡単な質問をする。
なぜ私が彼に謝りたかったのか、危険かもしれないと思いながら此処にきたのかそんなの答えは一つしかないに決まっているというのに。
「なんで来たかですって…。」
飲み込む言葉を発したい衝動、こんなのはあの日クロロと喧嘩した時以来だ。
やばい、怒りで頭が沸騰しそうなくらい熱い。
「・・・ったかったから。あなたに逢いたかったからに決まってるでしょ。」
ワナワナと震える手が勝手に、近くにあった空の瓶ビールをクロロに投げつけた。
「この馬鹿クロロ!!!」
普段は温厚なの口から発せられた言葉に一同が固まる。
「何よ、重大な用がなきゃ来ちゃいけないの!?あたしがどんな気持ちでここまで来たか分かってんの!?」
転がるドラム缶を蹴飛ばしながらズカズカとクロロの所に詰め寄る女性を誰も止めようはせず、いまだ目が点になっている団員がほとんどだ。
本人のクロロ・ルシルフルは彼女から視線は外さず、後ずさりだけを繰り返している。
「私が一体どんだけ悩んだと思ってんの、このロクデナシ!ルノーのとこでイルミに聞いたわよあなたがずっと私の傍に付き添ってくれてたは・な・し!!!目覚めた瞬間にトンズらって一体どうゆうこと!?」
「、落ちつ−。」
瞬間、口を挟んだシャルナークめがけてドラム缶が飛んできた。
「げッ、あぶなッ!」
傍観している団員が知るこの2人の喧嘩はコレで2回目。
「まぁ、あの時と変わらないわね。」
「こうなったには団長も手をだせねぇからな。」
「誰か止めにいかないの?」
「しずく、死にたくないなら行かない方がいいよ。」
「団員じゃないね。止める必要ないね。」
両者の距離はもう1メートルもない。こんな近くにいながら2人のこんなシチュエーションに旅団員の間では緊張が解け、代りに笑いを含んだため息が起きていた。
バシッ!っと団長と呼ばれる人物が左手に持っていた本を奪い取った彼女は冷徹な笑みを浮かべる。
彼女の豹変振りにあっけにとられ、呼吸も忘れていたクロロだが本が奪われたのに気づいて冷や汗を流し口元を引きつらせた。
彼が思い出したのは彼女と喧嘩した流星街での出来事。
「・・・、返してくれ。頼む。」
「私を怒らせたらどうなるか知ってるわよね。」
「ちょ、ちょっとま…。」
団長が手を伸ばそうとした瞬間、彼女の両手でこの世に数冊しか存在しない古書が音を立てて引き裂かれた。
ビリッ!ビリビリッビリッビリッ!!!!!!!!!!!!!!!
「ほら、クロロ。パズルの完成よ!!せいぜいすべてセロファンテープでくっつけられるように努力するのね。」
留めの一言を言われスーツの男はあっけに取られた表情で千切りに千切られた残骸の上に膝をついた。
まるで生気を失ったようにガクッと崩れたかと思えば、次には肩を震わせ笑い始める。
「くくく、変わってないな。」
「何?今日は昔みたいに泣きべそかかないんだ。」
「懐かしいな。」
髪を軽く掻き揚げ笑ったクロロのこんな無邪気な表情を見るのは流星街に住んでいた以来のことだ。
この顔に癒されると発言しては私の負け。ぐっと堪えて緩んだ表情を出さないように努力する。
「まだ怒ってるんだから。」
ポンポンと膝を叩いて立ち上がった彼は私より背が高い。
流星街にいた頃は変わらなかったのに。目を逸らしたくなるくらい素敵に成長してるなんてズルすぎる。
「。」
体に響くテノール、あんなに恋憧れた人が呼んだ私の名前は「レア」じゃない。間違いなく私のもの。
すっと伸ばされたクロロの手が自分でも自覚していなかった涙を掬った。あのころの彼の表情と声の優しさにいつしか心が感動の涙とやらを流していたらしい。
6年ぶりに肌に触れたクロロの手、心臓がドキッっと大きく響く。
伸ばされた手は有無を言わさずその体を腕の中に包み込んだ。
「許してくれ。」
クロロは私の肩と髪に顔を埋めるように何度も「ごめん」と吐息が掛る声で囁く。
私がずっと持ち続けてきたネックレスと同じ色、同じ深い蒼を持つ彼のクロロのピアスが頬に触れた。
顔を上げ、至近距離で見つめあう黒い瞳とオッドアイ。黒い瞳は細められ、笑う。
「おかえり。」
あの日、流星街を出て行った日に聞けなかった「おかえり」という言葉を聞いた瞬間に今まで張り詰めていた感情の糸が一瞬にして緩んだ。
もう声を上げて泣き出さずにはいられず、頭を埋めたクロロのスーツを涙で酷ひどく濡らした。
「クロ・・・。私、ずっと。ずっと、んなのこと…」
言葉になっているのか、伝わっているのか分からない言葉。
でもいい、抱きしめてくれるこのうでの暖かさは偽物じゃないから。
包み込んだ体はレアより華奢で、心は強そうに見えてもろく、相変わらず聖書に頼る人生を送っている。
正反対なことが多い俺達が出会い、別れ、すれ違い、今またこの腕の中にがいるのは彼女の行動が起こした奇跡のようなもので、包み込んでいるはずなのに動揺で未だその感覚がつかめない。
腕の中で泣くを強く抱いて、半年前、もしがもう一度現れたら俺はどうするだろうと考えた時のことを思い出した。
その答えが所詮叶いもしない願いになるだろうと、覚悟はできていた。
だがはこうして再びその姿を現した。今回俺達に会いにくるという勇気は生半可なものじゃない。
仲間に殺されかけた体験、裏切りと妹からの仕打ちを考えてもそれは旅団員全員が「もうはこないだろう」と諦めざるを得なかったほどに。
これは諦めていた俺に、彼女がくれた最後のチャンス。
唯一の女が愛している神という馬鹿馬鹿しい存在も、この瞬間くらい信じてもいいのではないか。
彼女がこの心の広さを聖書から得たのなら尚更。
もし、ともう一度逢うことがあるならば
感謝するだろう。
彼女という存在と再会の瞬間を与えてくれた神という奴に。
そいつに祈ろう、願わくば彼女がもう離れていかないように。
そしてこの逆十字に誓う
今度は必ず守り抜く。
END