春の木漏れ日が世界に姿を現しました。
「春」という人間の概念だけの存在そのものがまるで生きているようなキャスターの発言に、テレビを通し彼女の笑顔を見た多くの人間が微笑んでしまうような、ほっこりするよう感情を胸に抱いただろう。
私もその多くの人間の中の一人。
人気ニュース番組のあのキャスターにテレビの前で笑いかけてすでに1週間。一度現れたらもうそう簡単には消えんぞ、そう言わんばかりに晴れが続くこの大陸は春という季節に恵まれていた。
大きな厚い雲と時折の雨天に見舞われるかもしれないという一昨日の天気予報を完全無視し、今日も高い、高い快晴が頭上に広がっている。
こんな天気の日は趣味に費やすのみ。そう決めたらさっそく実行に移した私は、目下の愛読書を持ち近くの公園の脇にひっそりと佇むカフェのテラスに座っている。この公園はヨークシン自然公園。丘の上から大都市を望むように設けられた別荘区の上にある。駅前のカフェと違い此処は静かでいい。とはいえ夕方は学生やOLに訪問を受ける人気店だが、午前中や午後の早い時刻はBGMが人間の声に邪魔をされないくらい落ち着いて人も疎らだ。
二階建てになっているカフェの階段を上がると、そこには大きなテラスがある。
あと2カ月もすれば此処は夏。赤道に近いこの国の夏はとにかく暑い。蒸し暑くはないけれど、日差しが痛いくらいになる。日焼け止めなしでこうやってテラスで暖かな時を過ごせるのは正にこの春の初めくらいのものなのだ。
なんて素晴らしい一日なのだろう。
仕事は休み、天気は文句なし、平日のためカフェに群がり騒ぐ学生もいない。テラスから望むヨークシンの街は今日も大都市のロマンを思い出させる。
「ここ、空いてるかな?」
テラスには空いている席もある。それを完全に無視してわざわざ声を掛けてきた男が回答を言う前に向かいの席を引いた。座ったと同時にすでに注文していたらしいドリンクを店員が持ってきた。
「何それ。」
思わず口に出してしまった。届けられたのは予想していたコーヒーじゃない。なんちゃらマキアートだ。しかもカフェアートのおまけつき。フォームの上に描かれていたのはハート。
似合わねえ。
「気分転換だよ。」
私はマキアートに浮かぶハートをマジマジと見つめ、本を置いた。男を覗きこむ。常人モードで笑うこの男性(ヒト)は楽しそうだ。
「気分転換って。何か嫌なことでもあったんですか?」
「いや、嫌なことはない。昨日盗ってきたヤツが思いのほかいいもので機嫌はなかなか好調だ。」
「はぁ・・・。」
そりゃあ機嫌が悪く居られるよりは何倍もいいけれど、いつもと違う彼の様子に私は何かを勘くぐらずにいられない。
「うわっ、甘いな。」
「ミルクをフォームにしたものだから甘くて当たり前。それよりだん・・・。クロロさん何で此処にいるんです?」
団長と言いかけて口を閉めた。旅団外の逢瀬で団長と呼ぶのはマズイ。それは同時に自分自身へのケジメでもある。団長と呼ぶ時の私は一般人の・ではなく幻影旅団団員としての。こうやって本来の生活で団員と会うときは相性や団員内で使っている愛称は口に出さない。
「報告したいことがあって出向いた。」
「よく私が此処にいるって分かったね。」
「まあね。勘だよ。」
うそだ。絶対嘘。
マチの勘のよさは認めるが、頭のいいこの男の勘が大当たりするのなんて大抵仕事の時だけで、普段何も考えていないのうのう青年クロロの時は勘なんて当たるわけない。
「嘘だろ。」そう言ってやりたい気持ちを押し込めて、ニッコリ笑って見せる。
「それでその報告とは?わざわざ出向いてくるくらいだから大切なことなんでしょう?」
「そうだな。俺にとっては重要且つ、変化でもある。、シャルナークよりもマチよりも先にお前に伝えたかった。」
微笑むような、愛おしいものをみるような彼の視線に自分の心臓がドクンと大きな音を鳴らしたのが分かった。
なんだ、この表情。
ドキドキする。
「実は俺、」
彼の長い指がマキアートのカップのグラスをなぞる。
「結婚することになった。」
『結婚することになった。』『結婚することになった。』
『結婚することになった。』
『結婚することになった。』『結婚することになった。』
脳内に、彼の発言がリピートされていく。何度も何度も。リフレイン!
「・・・。って、はぁ!?」
バンッ、両手をテーブルについた私は思わず立ち上がりクロロに人差し指を向けていた。
「結婚!?」
「そう。」
『結婚することになった。』『結婚することになった。』
『結婚することになった。』
『結婚することになった。』『結婚することになった。』
そしてまた、リフレイン。
嘗てない衝撃発言に目を剥いた。
あの、超独断自分大好きアンド周りなんて俺の知ったこっちゃないクロロ・ルシルフルが結婚!?女を抱くだけだいて捨てるだけの非常人間だと思っていたけれど、本気で好きになった女性にはとてつもなく甘くて、デレデレで。どんなアプローチにも結局振り向いてもらえなくて私に相談しに来て、結局拒絶されて『俺の失恋に付き合ってくれ』って泣きついてきたこいつが!!
「そ、それは・・・おめでとうございます。」
こうゆう時はこの言葉を掛けるべきなのだろう。ふにゃっと足に力が抜けて、私は座っていた席に落下するように腰を落ち着けた。
同時に膝の上にある手に水滴が落ちて、雨が降ってきたのかと思わず空を見上げる。見上げた先には変わらない快晴。雨じゃない、そう確信して未来の新郎に視線を戻すと、今度は彼がギョッとした目で私を見ていた。
「ど、どうしたんだ?」
「何がですか?」
「何って・・・何で泣いている?」
え?
まさかと目元に手をやると水滴がついてくる。濡れた手を凝視して、困惑。
何で、私泣いてるんだろう。
あー、と眉間を寄せて思い当たる節を当たる。
確かに団長もクロロも愛しいと思ったことはあったけど、それは数年前の話で。女にフラれ泣きついてきた事件をきっかけにこんなヘタレなんか要らんと思っていたのに。
まだ自分の中では決着がついていなかったということなのか。
両肘をテーブルについてまるで珍しいものを見たと言わんばかりにクロロがふうっと小さな溜息を吐いた。
「、お前が団員一素直なのは団長としては嬉しい限りだが、」
そりゃ、上司としては扱いやすいだろうよ。
「少しは仲間を疑うことも覚えたほうがいいと思うぞ。」
彼の手が伸びて来て、未だ目元に残っていた涙を掬った。
「俺は女の泣き顔が好きじゃない。特に団員のは。」
だから泣き止め、そんなことを言うとズボンのポケットを漁ったクロロが携帯を取り出し、あるメールを開いてそれを私に差し出した。
シャル→ウヴォー→マチ→フィンクス→団長→→ヒソカ→ノブナガ→パクノダ
団員の名前が順順に連ねられたそのメールに眉を顰める。なんだこれ。
「強制参加のエイプリルフール騙し合いだそうだ。後ろに名前のある人間を騙せた団員にはシャルナークが景品を用意するって。ちなみに4月1日から始まって期限は5日まで。」
イケしゃあしゃあと言い放った男に落下した顎が戻らない。
「・・・じゃぁ結婚するっていうのは。」
「嘘だ。俺にそんな相手がいないことくらいお前も知ってるだろう?」
あーそうでした。そうでした。あなた3カ月前に惚れた子にフラれたんでしたっけ。
膝の上で握った拳の内側に爪が食い込む。口元の筋肉が痙攣して、頭に血が上っていた。
「それより、お前の相手はヒソカだ。」
「・・・げッ。よりによって。」
「シャルの情報ではオルセアン大陸の港町にいるらしい。飛行船で一日というところか。」
「せっかくの連休だったのに。」
予定になかった行事が入ってしまった。
今から帰って準備して、携帯で飛行船のチケットを予約して空港へ移動して・・・発つのは夜になってしまうだろうか。
誰が思いついたんだ、この企画。
「さて、行くか。オルセアン大陸はもう夏だろうな。」
テーブルの上に置いていた私の愛書を持ちあげたクロロがもう片方の手を私に差し出した。
「ちょ、ちょっと私の本持って行かないで下さいよ。」
「生憎急ぎで本は持って来なかったんだ。飛行船の中で読ませてくれ。」
私は目を大きくしていたと思う。もしかして彼は、
「・・・同行してくれるんですか?」
「ああ、そのつもりでわざわざ此処(ヨークシン)まで来たんだ。」
じゃなきゃ騙すなんて電話でも出来ただろう?まるでからかう様に笑う男に、一気に肩の力が抜けた。クツクツと声にならない笑いを喉の奥で鳴らし、席を立った背中をじっと見る。それはとても大きくて、私達を支え導いてくれる人間の背中。
つまらないヒソカ訪ねもずいぶん有意義な時間になりそうだ、そんなことを思えばこの企画をした人間に少しは感謝したくなる。
「ヨークシンの春を満喫しに出発まで俺とデートといかないか?」
私がさっきしていたように、テラスから見えるヨークシンの街に目を向けたクロロが快晴の下で微笑んだ。
エクストラ
(団長はフィンクスに騙されたって言ってたけど何を言われたの?)
(・・・。黙秘だ。)
(ええ、つまんない!)
(知ってるか?世の中には知らなくていい話もあるんだ。)
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