Piece of Days

今日は私以外の誰も家にいない。
居候の猫、たまに我が家へ赴いては家で何時間か過ごしていなくなる白猫も来ていないのだからこんなに独りを感じる日中は珍しい。


予定していなかった休暇は、勤務先が突如倒産したことで訪れた。
こんな機会がなければ、テレビもラジオも点けない自分の家が、これ程に静かなことを知ることなんてなかっただろう。
暖かい日が差し込むリビングのソファに座って、朝から数時間本を読んだ。
目が文字の羅列を追うのに疲れる頃、短い文庫本はすでに最終ページを迎えていた。




冷めた紅茶をシンクに流しに行く前の準備運動に、立ち上がって背伸びをする。肩の骨がゴキっと嫌な音を立てて鳴った。
そのままグルリとリビングを見渡してみる。数年前まで住んでいた家のリビングとは月とスッポンだ。
高級感溢れる木の素材で敷き詰められた床、メガネをつけなくてもハッキリ見えるほど大きなテレビ、今まで座っていたやわらかい白いソファ、モザイクタイルが美しいダイニングキッチン。

私が持ってきた家具なんて、仕事部屋の机とメイクデスクくらいだ。他のものはみんな同居人の趣味。
男の癖に、と言っては偏見だが、ライフスタイルの趣味はかなりいい彼。



寝室にある私のメイクデスクには私の化粧品と、二人の香水が置かれている。
並ぶ香水の黒いビンの中身を自分の手首に吹きかけてみる。
これはグランドリールという香水で、生産数がとても少ないのだという。
少し鼻を近づけると、知らない香りがした。香水は付ける人間の肌の香りで本来の香りを変えるらしい。


クロロから薫るこの香水のほうが何倍も好きだ。




男物の香水を水で洗い流すため、バスルームへ向かった。

あの人は本当に几帳面。毎朝使っているバスルームのはずなのに、使用感を全く残さない。
彼氏が綺麗好きなおかげで、昔ゴミだらけの部屋に住んでいた私にも、片付けるという習慣が身に付いた。



















独りの時間を持て余していた私は新しい文庫本を買いに来た。
5冊持ってレジで会計を頼んで開いた財布には、見覚えのないお金が入っていた。またクロロが入れたのだ。
クロロからすればたまに帰宅する家の掃除や手入れをしている私へのお小遣いのつもりなのだろうが、たかが掃除婦にこの金額は見合わない。

会計分1390ジェニーに1500ジェニー、自分のお金から出して本屋を出た。
一度も使ったことのない大金は、返すといっても受け取ってもらえない。だからこれでクロロにプレゼントを作ったり、買ったりするのだ。

近所の裁縫屋に寄って、クロロ用に黒猫のふわふわスリッパの材料を買いに行った。もうすぐ冬になる。
木の床で出来ている都合上床暖房がない我が家では必需品になるだろう。

「目のボタンはやっぱり蒼がいいかな。」





思ったより大きな荷物を持って帰宅することになってしまった。時刻はすでに午後6時を廻っている。
街灯に灯る人工的な光をまっすぐ辿って、到着。
1階の警備員のおじさんは相変わらずビールを飲みながら競馬をテレビで見ていた。







階段を登り、たどり着いた2階。ドアを開ければ、白猫を抱いたクロロが「おかえり。」と囁やく。




寄せられた彼の首もとから、私の好きなグランドリールが薫った。









END