Piece of Days

朝目覚めると、寝室のドアが開いていて、遠くから水が流れる音がする。隣で休んでいたはずの彼の姿はベットになく、かすかにその体温だけが残っている。

昨日の深夜、暑くてベット脇に落下させた毛布が起きた私の肩にきっちりと掛けられていて朝の冷え込む寒さから私の体を守ってくれたらしい。
むくり、と体を起こすと、向き合った壁に立てかけられている全身鏡に寝起きの自分の姿が映った。
ボサボサの長い髪を手櫛でまとめベットサイドに置いたヘアゴムで縛る。


自分もバスルームへ足を冷たい床について行こうとすると、きちんと揃えられた黒猫のふわふわスリッパがそこにあった。
昨日、ベットに飛び込んだときに脱ぎ捨てたはずなのにまるで主人の目覚めを待っていましたかというように揃えられた黒猫のふわふわスリッパ。
ふわふわスリッパに足を入れて、リビングを通り抜ける。
テーブルにはすでにコーヒーカップが2つ出されていて、コーヒーメーカーが2人分のコーヒーを音を立てて淹れている。






















バスルームの扉を開けると、暖かい湯気に乗せられた男物のシャワージェルの香りが嗅覚を刺激した。

「おはよう。」
まだシャワーキャビネットの中でお湯を浴びる彼に届いたとは思えないほど小さな声。

私は私でバスタブにお湯を溜め始めた。蛇口を捻る音に気づいて振り返ったクロロは色っぽくて、私は萎縮してしまう。
水浴び中のクロロの妖艶さは異常だ。自分って女なのに情けないと思わざる得ない。

歯ブラシを口に突っ込んだまま、キャビネットの扉を開けるその手の仕草をじっと見つめていた。
腹幅ほどに空けられたキャビネットから顔を覗かせたクロロの表情は爽やかだ。



「来る?」
伸ばされる手。そのまま私の体を個室に連れ込んで欲しかった。

歯磨き粉が変なところに入った瞬間と彼の声が重なって、「ぶっ。」と音を立てて咳き込んだせいで、一緒にシャワーを浴びる機会を逃してしまった。


































「クロロってさ、優しいね。」
口元にコーヒーカップを運んでいた手が止まり、カップ内の水面を見つめていた黒い瞳がゆっくりと前方に座る私に向けられる。

まるで期待していなかった言葉が私の口から発せられたことで、彼の思考を0.01秒停止させることに成功したらしい。

「・・・買って欲しいものでもあるのか。」
「違うよ。本当に優しいなぁ、って思っただけ。」
クロロはカップをテーブルに置いて、深めのソファに全体重を預けた。
柔らかいソファに沈んでいく体に少し黒い髪が揺れる。



「毎晩蹴飛ばす毛布を肩まで掛けてくれたり、スリッパを揃えてくれたり、コーヒーを用意してくれたり。」

「恋人がお子様なだけあって、面倒をみるのに退屈はしない。」

「私はクロロにふさわしい完璧な女になりたいんだけどな。」

シャル君やマチ達から聞くクロロの元カノ像と自分を比較すると、申し訳ない気持ちになってくる。

こんな足手まといの私は嫌い。



なのに…。





「やめておけ。完璧な女なんて退屈なだけだ。」

そうやって、フォローをしてくれる彼を、私はやっぱり優しいと思うのだ。












END