OR NOT

夕刻、日が沈み反対の空から今日も夜が顔を見せる頃、あるバーのカウンターで、マティーニとラムを注文した二人。
バーテンダー以外には店内に誰もいない、まるで貸切気分。

ラムが注がれたグラスの氷がカランと高い音を響かせた。

「にしても本当に流行らない店ね、ここ。」
いい店なのにもったいない、と出されたグラタンにフォークを入れ グラタンの中からブロッコリーを数個掘り出して、隣に座る男の皿に押し付けた。

「念能力者が集まりに利用する店だ、流行っては困るだろう。」
冷静なフィードバックにバーテンダー、もといオーナーの男は微笑み頷く。

皿に載せられたブロッコリーの一つを口に入れてなぜこいつはこんなに好き嫌いが多いのだろうと漠然と思う。 この女の性格ほどよく分からない異性を俺は知らない、謎が多いのも今に始まったことではないのだが。









「偶然だな。」
今日、仕事の下見に来ていたスラランカ共和国の遺跡。 発見されたばかりのこの遺跡に、魔女の宝玉と呼ばれる伝説の代物が埋められている旨の文献を読み訪れていた街で、珍しく知り合いに出くわした。

「・・・。」
げ・・・。と言いたい気持ちををそのまま表情で表した女は大げさに肩をガックリ落として急に笑い始めた。 彼女に纏わる当時の記憶を呼び戻して相変わらず分からない女だな、目の前で笑う懐かしい顔に目を細めた。 そのまま呑みに行く流れになったのは、懐かしい話でもしてみたかったからかもしれない。

そして新しい古書の情報、この女なら提供できる情報の一つや二つ持ち合わせているはずだ。 昔同じソファで本を読み漁った女の影がまぶたの裏をちらついた。








「古書の情報ねえ。」
んー・・・。悩んだ様子を見せ、隣の椅子に置いたカバンを漁り始める長い指、それが取り出してきたのはラムール王国の秘密文書。 珍しすぎるそれに指をなぞらせる。

「・・・言っとくけど本物よ。」
「だろうな、当時の皇帝のサインも本物だ。」

どこで手に入れた?聞いても返答は返ってこないだろう、この女が持つ古書に関しての情報網はシャルナークを凌駕している。 だからこそこの数年再び連絡を取ろうと試みたが携帯の番号が違ければ、あの家にあの後住んでいた形跡も無い、今日あの遺跡で再会しなければこの秘密文書を拝む日は来なかっただろう。


「あげるわ、それ。私もう読んだから要らない。」
一気にラム酒を2グラス追加注文した女をよそに秘密文章の1ページ目を開いた。 羅列を追う目線、文章の意図を考える思考、その後またラムを注文する様子をまるで別世界のように感じながら読むことに没頭した。









何時間経ったか分からないころ、顔を上げればとたん、耳に入ってくる喧騒。そして大層呆れた顔で覗き込んでくる女。

「相変わらず、恋人は本ってね。」
「・・・悪い。」
何時間経ったのだろうとバーテンダーの腕時計に目をやれば4時間が過ぎている。

「別に構わないわ。」
複雑そうな表情を見せて最後のラムを流し込む姿はあの頃より随分大人になったものだ。

よっこらしょっ、っと立ち上がり、カバンに手を掛けた女に電話番号を聞ける雰囲気はもはや無い。

「じゃあ、多分もう二度と会うことはないけど精々本と幸せな人生をね。」


数年前のあの日も先に立ったのは女のほうだった。

そして今日もまた。

その理由を作ったのは自分だと理解はしているが女のために自分を変えられるほど俺は人間的ではない。 歩き出したヒールが一歩、一歩離れていく鼓動を刻む。

。」

呼んだ名前と無意識に伸ばした腕は、今、女を振り向かせた。 二人に交互に目をやりながら、数年前より二人とも大分大人になったな、そんなことを思いながらオーナーの男はシェイカーを振りつづける。

「泣くな。きれいな顔が台無しだぞ。」


引き止めなかった昨日、引き止めた今日。 理性や理由はどうあれ行かせたことを少しでも後悔したからこそ、腕を伸ばした今日。 古書の情報のためじゃない、隣で本を読む存在の影を再び現像化したかった。

読書が好き、好き嫌いが多いという2点以外にはよく分からない女だが、その二つで充分だったのかもしれない。

「行かないのか?」
自分が引き止めたくせに何だその台詞は、女はカッ、と腕を振りほどく。

いい女になれよ、聞こえない声で呟いたのは男、女が離した左手が急に冷たくなった。

言葉が違っていたら、女は留まっただろうか。

まるで玩具を試す子供のようだ、と乾いた笑いが起きる。

店を出て行く女が鳴らしたドアの鈴、外から乾いた空気が店内に注ぎ込んだ。










「行かせてよかったのかね?」
クロロの前に3杯目のマティーニがそっと置かれる。

あれは確か数年前、今このカウンターに座る男が、今さっき出て行った女を連れてきた。

少し酒を飲み交わしたところで店を出て行った女は、無表情だった。
喜怒哀楽が消えうせた表情、まるで絶をしているのだろうと思わざる終えないほどの無。 男はその後朝まで一人静かに酒を飲んで帰った。

まだ若い二人なのになんという雰囲気だろうか、そう思ったのが記憶にある。

この店で別れた二人が、今日再び二人一緒に入り口のドアを揺らした。

「ああ、これが最後じゃないからな。」
テーブルに置いたボロ紙をなぞる男の口元は笑っている。



欲しいと思うものは奪う。奪われることを拒むのならば無理やりに。

ただあの女を殺して奪って、それが欲しかったものなのかと聞かれれば否。

欲しいのはソファで読書を共にする存在であり、死体ではない。 だが生きている女を手に入れられないのなら、殺してもいいなと思う。

どうせ手に入れられないのなら、あってもなくても同じだから。

この秘密文章はもらえない。返すときが最後の再会。
それが永遠の死となるか、愛となるかは君次第。



「マスター、賭けないか、俺がまたあの女と此処に来るか否か。」

白々しく黒い瞳をみる紫目の男は来るに賭けた。

それは何十年も生きてきた年寄りの勘というやつ。 勝つ賭けたからこそ乗っただけ。

「負けたらウチで一ヶ月皿洗いのバイトですよ。」

マティーニを飲み干す男が盛大に咳き込んだ。





END