BLACK MARIA

チャララーン。

一回インターホンを鳴らしたくせに、5秒後には合鍵を使って部屋に入ってきたピエロに投げつけようとマッチの箱を握った。

振り返った瞬間、目の前にあるいつもと違った男の様子に腕が停止した2月13日。

「ヒソカ・・・なにその箱。」

よいしょっと、一度おおきく背伸びしたイケメンはものすごい数の箱を室内に持ち込み綺麗なウインクをした。

「僕からに愛のプレゼント☆逆チョコっていうのかな、今はやっているらしいじゃないか★」

「そうゆうことを聞いてるわけじゃないんだけど。」

なんだこの箱の量は。1LDKのリビングが積み重ねられた箱に埋もれてしまった。

3つ箱を開けて溜息を吐く。どうやら中身は全てケーキらしい。

あの有名な菓子店のシーリングワックスがつけられた高級な黒い箱、これを一体どうしろと?




「どうせまたタバコしかすってないんだろ☆?前から言ってるけど体に悪いからやめなよ♪」

「そんなのヒソカに関係ない。私あまいもの好きじゃないわ。」

「そうなのかい?それは残念。とても美味しいと思うんだけどな。」

1箱あけてヒソカが取り出したのは漆黒のザッハトルテ。いつだったか雑誌で読んだことがあった気がする。

ブラックマリアで売れ筋ナンバーワンのホールケーキだ。


まるで何でも知っているかのように台所の戸棚を空けてケーキ皿とフォークを取り出す長い指。

私の人生最大の汚点はこの変態に惚れてしまったことだ。この1年、来たり居なくなったりの彼。

本当はいつも一緒にいて欲しいのにそれをしないヒソカが憎たらしくて仕方ない。

本当はもっと甘えたいのに、私の意地っ張りがそれを許さない。





私は甘いものが好きじゃないって、普通の恋人なら数ヶ月で気付くでしょう?

私があなたのため、依存しすぎたタバコをもう半年も前にやめたなんて一緒に居ればすぐに分かるでしょう?

あなたは私の何をその綺麗な瞳に映しているの?








「・・・それより何よこの箱の数!ありすぎて愛が感じられないっての!」

一番近くにあった箱を蹴飛ばした。中のケーキはぐしゃぐしゃになってしまっただろう。

「一生分だからね。」
ザッハトルテを楽しむ声が落ち着いたトーンを響かせる。

「一生分?」

「そう、これが今年の分であれが来年のぶん、そっちのが再来年の分で…」

「・・・ヒソカ、どうゆうこと?」

睨みつける瞳は早くも潤み始めていた。強い視線を浴びる本人はいつもの様に憎たらしく笑っていない。

どこか凄く落ち着いていて遠くを見るように微笑んでいる。

もう、はっきり言ってよ。



「そのままの意味だよ☆」

ごちそうさま、じゃあね。そう几帳面に使った食器を洗いパタンとドアを閉め出て行った男。

ストン、と足の力が抜け床に座り込んだ。



14日の予定なんて聞かなければよかった。

「14日は埋まってるんだ、ごめんね♪」

あの回答が帰ってきた時点で自分は彼にとって纏わりつくそこら辺にいる女と同等なのだということは簡単に理解できた。

彼には本命がいたのだろうか。

自分が彼のそれだと思い込んでいた自分がアホ過ぎて泣けてきたけど、それでも良かったんだ、たまにでいいから愛してもらえれば。

たとえそれが感情のない行為だけでも。










サイドボードに置かれたヒソカのための合鍵。手作りしたピエロのマスコットキーホルダーにつけられたこの家の鍵。

もうここには来ない、って意味だ。

「女の子なんだから綺麗にしなきゃ★」

ヒソカと知り合って始めて言われたあの言葉を教訓に身だしなみも、言葉遣いも学び始めて生活の基盤である仕事も見つけた。

ヒソカのために綺麗になりたいとおもった1年前の高揚した気持ちを押し殺して、手作りピエロと鍵をゴミ箱に投げ入れた。



ヒソカを知らないあのころと同じような生活がまた始まるのだろうか。

スウェットで、煙草だけを大事に一日をギリギリで生きていたあの堕落した人間に戻ってしまうのかな。

寝巻きのような格好で、髪も乱したまま、スリッパでフラリと外に出た。

コンビ二へ、何よりも真っ先にコンビ二へ。

捨てた灰皿の代わりをどうしようかと、涙が溢れる真っ赤な目のまま人前をゾンビのように歩いていく。


タバコ依存の日々が待っている。

今日、吸うことになるタバコは軽く1カートンを越えるだろう。










きっと肺がんで死ぬまで、今日届けられたヒソカの愛を何処に保存すべきか考えたけど、答えは見つからなかった。