BLACK MARIA

起きるとヒソカからメールが来てた。相変わらずメールする相手がいないなんて暇な奴、と思いながら眠い眼をこすっり文字の羅列を追う。

ハッピーバレンタイン

と素敵なロマンの夜を☆


去年のバレンタインには「アリシアと素敵な夜を☆」とメールが送られてきたんだった。アリシアっていうのはもう顔も覚えてないような女。

何で今日とロマン街で会うのを知っているんだろう、と疑問が頭を掠めたけど聞いてもどうせ「奇術師に不可能はないの☆」と言われて終わりだから返信はしなかった。

何よりも面倒くさかったし。

時刻はすでに午後2時を回っている。やっぱり昨日は夜中に仕事を入れるべきじゃなかったかな、嫌いなんだよね血の匂い。

どんなに良く拭き取っても洗っても気づくあの嗅覚はミケ並み。怒られないといいんだけど。一応念のためにシャワーシャワーを浴びて、珍しく香水を使った。







家を出る5分前、タイミングよく携帯の着信が鳴る。

「もしもし、イルミ?今日ね食事の予約してあるの。ロマンウエスト公園で待ち合わせしよう。」

分かったと返事をしてすぐに家を出た。ゴトーの運転する車の中でファミレスか居酒屋あたりかなと大体の見当を付けながら去年の退屈なバレンタインを思い出した。


公園前で車を降りてあたりを見渡す。ジーパンにパーカー姿のが見つからない。

彼女に似たオーラを背後に感じて振り返れば、俺が誕生日に贈ったブランド物のワンピースを着て髪をアップにした彼女が立っていた。

365日の360日は必ずと言っていいほどジーパンにパーカーの彼女が違うものを来ているのを見ることができるのは稀中の稀。

この時点でこの後行くのが居酒屋でないことは想像できた。




そして手を引かれ案内された建物が今目の前に聳え立っている。

・・・。まさかここで食事する気じゃないよね?

「行こうイルミ!」

「ちょっと、本気でここ入るつもりなの?デイマリーってどんなレストランだか分かって言ってる?」

「うん!」

文末にハートが幾つもくっ付いてそうな笑顔を撒き散らすこの様子を見る限り本当に分かっているらしい。

半場ムリヤリの手を引かれて屋内に入る。ここのレストランに足を踏み入れるのは気まぐれで付き合ったあの女と1年前のバレンタインに来て以来。

もっともそんなことをが知るわけはないのだが。


こんなことなら「今回は私がイルミを招待するから!」ってものすごい勢いで迫ってきたのを適当な理由をつけて却下しとくべきだった。

とりあえずジーパンは履いてこなくてよかった、と最上階へ向かうエレベータで心底思った。

















「いらっしゃいませ。様ですね。」

俺とあの女を迎えた受付嬢が去年と同じ笑みでに挨拶した。通されたのは夜景が望める窓側の一席、去年あの女と座った同じ席。

食前酒から丁寧に運ばれてきて炭酸がはじけるそれを無意識で口に運びながら一体何処で金を用意したんだろう、と考えた。

ここは全部先払い制のはず。そう思えば先月、バイトが忙しいからと会う機会がほとんど無かったし、今月に入ってからも携帯に繋がる頻度が極端に少なかった。

てっきり友達と遊んでばかりいるのかとおもってたけど、まさかずっとバイトしてたのかな。


去年自分が他の女を此処に招待したからこの席での食事の値段も分かっている。

俺にしてみればはした金みたいなものだけど、欲しい服もあんまり自分で買えないにしたら大金だ。

眉間にシワが寄っていたかもしれない、様子のおかしい俺に気づいたが「難しい顔してるよ」と覗き込んできた。

「イルミ、どうかした?」

「いや、なんでもない。」
本人に確かめるのも失礼だし詮索はやめておこう。


ってフレンチ好きだったっけ?」
運ばれてきた前菜に手をつけるの手元を見た。フォークとナイフの使い方はやっぱり下手くそ。普段の食事はジャポンの箸を使ってるから当たり前といえば当たり前か。

普段は野菜の煮物とか健康そうで量のあるものばかり食べてる姿からフレンチは想像できなかった。新しい一面発見かなと俺もローストビーフを口に運んだ。

「私は・・・そうでもないんだけど。」

口に運んだフォークが停止し、ローストビーフが口から落ちそうになる。

だったら何でこんなとこ予約したんだ。

「イルミはさ、好きでしょフレンチ。」
ためらいがちに言う声の大きさが小さくなっていく。

「なんたって今日は女の子が大好きな人に尽くすバレンタインデーだからね!」

去年ここで席を同じにした冷淡で高飛車なあの女とは大違い、爽やかすぎるくらいの笑みと素直すぎる性格に自分が振り回されていることにはもう大分前から気づいている。

人の思い通りなんて、ありえないけどなら不思議と嫌な気がしない。





その直後鳴り始まった携帯、着信はまたヒソカ。怪訝な表情でにそれを無視してたら今度はメールが送られてきた。

“僕からのクリスマスプレゼントだよ☆”

添付画像が一つにURLの記載ろと画像が目に飛び込んでくる。

カメラを見上げる涙目、これ何の格好?ゴスロリっぽいチェックのミニスカートににバニーイヤーの飾り物。

顔は間違いなく。メールのURLを開くとクリスマス求人の広告。

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URLのしたにはPSの文字が一行。

“君のために頑張ったんだ、怒らないであげなね☆”





「・・・。」

怒る力なんて湧いてこなかった。

「お客様、こちらデザートでございす。ブラックマリアの味をお楽しみくださいませ。」

それに今運ばれてきたデザートを幸せそうに頬張るこの表情を凍りつかせたくはない。

はストロベリーチーズタルト、俺のはバニラアイスとブラウニー。

ブラックマリアって確か母さんが良く買わせにいくあの店か。

銀のスプーンを取って、とアイスを掬う。

甘いものが大好きな彼女にスプーンを差し出せば目を輝かせて食いついてきた。動物みたい、見てて飽きないんだよね本当。

、バレンタインプレゼントありがとう。」

その一言に落ちそうなくらい頬を緩ませてニタニタ笑っていた顔が更に緩んで真っ赤になった。

再びセカセカとストロベリーチーズタルトを口に運び始めた存在を近くに感じながら食後のコーヒーを口に運んで、

ホワイトデーはヨークシンの五つ星だなとロマンのイルミネーションに目を細めた。