BLACK MARIA

「うう…寒いねちゃん。」

「あと3時間もあるよ、サランちゃん。」

超有名な菓子屋「ブラックマリア」には連日多くの男性が訪れている。バレンタインのこの季節に女性ではなく男性が。

家族や恋人のために有名店のスイーツを買いにくる男はもちろんいるがそのほとんどは鼻の下を伸ばしたオヤジ達。

店頭でダークチョコレートシフォンを捌く売り子達がこの店はアイドル並みに可愛いのだ。

その子達を見るためにシフォンケーキを買い、家では自分の奥さんに自分のいい男さをアピールするのだろう。


ブラックマリアの日雇いに採用されたのは16人。毎日2人で10時間を担当する。一度一日を担当した子はシフトに入りたくても二度と入れない、言わば1年に1日しかできない高給バイト!

アイドル並みに可愛い女子たち目当てに毎日お客さんが来るようにレア感をだそうと2ヶ月前先代から店を継いだ若旦那の作戦らしい。

白いワイシャツにピンクに黒の上品な格子模様が入ったベスト、黒のミニスカートにバニーの耳を頭につけて今日出店を担当しているのはとその友達サランの2人。

明日は14日、最後の追い込みに起用された2人はそれぞれ綺麗さ・可愛さ・魅力さで若旦那に満点をもらった2人だ。

今日は特に冷える。覚悟してきたがこんな格好で10時間も外気に晒されては明日、せっかくのバレンタインデーは病院行きになるんじゃないかと思うほど体が冷え切っていた。

だめだめ、がんばらなきゃ。じゃないと来月のローンが大変なことに!








事の始まりは先月ある高級レストラン「デイマリー」を予約したことから始まった。

前菜でさえ5000ジェニーからという高級レストラン、今年の2月14日は生まれて初めて出来た彼氏という存在とあそこでロマンチックな夜を過ごしたい!!

しかもいっつも奢ってくれるからディナーは私が出す!って決めたのだ。だが電話予約で受付の上品な声は確かに「14日は、お二人様ペアメニューで13万ジェニーでございます。」と言った。

目が点になりながら大見得を切って「それでお願いします!」って言っちゃったんだ。しかも1万ジェニープラスして窓際の席を取った。


この寒すぎ、恥ずかし過ぎるバイトは今日1日でなんと8万ジェニーの給料!これは800ジェニーでカフェのバイトをしている私にしたらありえない給料だ。

それに余裕を持って7万ジェニーをカフェのバイトで貯めたお金から用意すればバレンタインは完璧!

レストラン代でプレゼントのお金がない代わりに、食後のドルチェはワンランク上のものを追加オーダーした。


「お、お客さま困ります!」
隣でチョコレートを売っているサランの声色が変わったと思えば変な客にちょっかいを出されてる。

ちゃんこのケーキ2つ包んでくれるかな。」

ちゃん俺のチョコレートケーキも!」

サランを助けなきゃ、と思いつつも他の客が入ってなかなか彼女のほうにいけない。

「お、お客様!」
彼女が本気で抵抗し始めると、店中に入ろうとしたお客さんがサランちゃんに付きまとう男の人を制止してくれた。

でも、ちょっとやりすぎ?だってそのお客さん地面にうずくまってるよ。



「みっともないからやめなよ♪」
人だかりでよく見えないけど、何となく知ってる声だとおもっだんだ。

「サランちゃん、大丈夫!?」

何とかお客さんを待たせることに成功してサランの方に駆け寄った。様子がおかしいのに気づいた店内販売の人が出てきてくれたのでサランをその人に任せる。

「私一人で見てるから休んできて。」と言ったもののどうしよう、凄いお客さんの数だよ・・・。少しサランに気を取られていた間に、詰め寄る客はさっきの倍にまで増していた。

気が遠くなりそうになりながら注文をうけて包んで会計を繰り返す体制をとる。

5人目のお客さんにダークチョコレートシフォンに並ぶ人気ケーキ、ダークチョコモカトルテを渡し終わったところで、人だかりをホイホイ掻き分けスーツ姿の男性が現れた。


「ああ、やっぱりだ」

「・・・?お客様?」

「くくく、お客様だなんてそんな格好で言われると襲いたくなっちゃう☆僕だよ僕。」

スーツのポケットから出されたのはジョーカーのカード一枚。こんなもの持ち歩いてる人間はイルミの知り合いのあの人くらい。

「まさか、ヒソカさんですか?」
メイクしてないし、いつもと全然違うじゃん!

「その通り。それにしても今日はずいぶん可愛い格好してるね。」
それは私のセリフです!!綺麗なウインクと華麗に振舞う姿は知っている普段のヒソカと別物だ。

正直、かっこいいと思う。しかし伝えるべきはそんなことじゃない。


「・・・お願いします!このことイルミに言わないでください!」

目を潤ませ懇願するバーニー姿はまるで本物の小さなウサギちゃん。こんな姿してこんな男の目に付く仕事してるなんてイルミが知ったら大変だろう?

「お願い、バレンタインまでは秘密なんです…。」

「くくく、分かった約束だ。」

何を計画しているのか知らないけどそのびっくり作戦が終わったら言ってもいいよね☆

「携帯で君のかわいい姿撮っておこう。今後使えそうだからw」

何に使うかうんですか、とウル目の彼女が聞く前にカメラのシャッターは押され、同時にヒソカに肩をぶつけていた客が地に伏せられた。

人間がドサっと倒れこんだのを見た他の客は、はしたない悲鳴をあげている。

「あぁ…もう。それより何でヒソカさんがが此処にいるんですか?」

「うん?偶然さ☆買い物していたら君の声が聞こえたから。」

ヒソカの周りには不思議と他のお客さんが寄り付いていなければ、先ほどのおしくらまんじゅうのような光景が広がるでもない。みんなヒソカから離れそうと後ずさりしている。

「それより、売ってるその商品全部もらえるかい?」

「え、全部ですか?」

「うん、全部買い取る。こんな寒い中これ以上君を立たせてられないよ♪」

そういうと何センチもある札束を渡され、ヒソカはケーキの箱を全てバランスよく重ね、そのまま手の平に乗せ歩き出した。さずがピエロ平衡感覚は並大抵じゃない。

去り際にジェントルマンの笑みで「ハッピーバレンタイン☆」と告げる彼が2月のサンタクロースのように見えた。








ちゃんお待たせ!・・・ってあれ?」

顔色を取り戻したサランが帰ってくれば、もう商品が置かれていないテーブルをまじまじと見つめている。

「あのね、ケーキのまとめ買いがあって全部売れちゃったの。店内のお手伝いに行こう。」

突如現れた救世主のおかげで温かい店内に戻り2時間後、約束の報酬を手にして14日に身につける安物のアクセサリーを買いに出た。







そう、明日は楽しく素敵なバレンタイン!