背中に熱を残して












あーあ。しくじった。

じくじくと熱をともなって疼く背中を庇いながらお宝を抱えて走る。
今夜襲ったコレクターの屋敷から、今回のアジトまでの距離はさしたるものではなかったことに胸を撫で下ろしながらも、見えない傷がどの程度なのか多少の不安はある。
それでも今すぐに処置が必要なほど重症でないことは経験上分かっている。

お宝を持っていなかったウボォーとノブナガに戻りがけにどっかで祝杯用の酒を奪ってくるように言って、あたしは一足先に団長が待つアジトに戻った。

よくも毎度おかしな物ばかり目をつけるものだと、今回盗んできたお宝をソファに座る団長の前に置けば、手元の本から顔をあげた団長が黙ったままあたしの顔をずっと見つめてくる。
なにか言いたいことがあるのに視線だけで問いかけてくる態度に、さっさと降参したのはあたしだ。

「なに…?」

視線に耐え切れないとばかりにあたしから問いかければ、小さく口端を吊り上げて笑みを見せた団長がようやくゆっくりと口を開く。

「いつまで我慢してるんだ?」

団長の視界に入ってからまだ十分と経ってないはずで、しかも団長はいつものように読書中だったし、あたしも気付かれるほどに背中を庇ってもいない。
それでも気付くんだ、この男は。

苦笑いしながら肩を竦めてみせる。
同性のマチやパクがいればちょっと傷の状態を見て、と、なんの気兼ねもなく言えたものだけど、生憎二人とも今回の仕事には不参加だ。
熱をともなってじくじくと疼くけれど、オーラで傷をおおっているし、深刻になるほど重症な傷ではない。
闇医者や念医者に駆け込むほどではないし、仕事も終わったのだから放っといても問題はないけれど、ただ出来ることなら、祝杯はそこそこに早く休みたかった。

「心配かけるほどじゃなさそうだし。」

ウボォーとノブナガが戻る前に階上で適当に応急処置でもしてこようと、団長に背を向けたところで腕を掴まれる。
足を踏み出す前に強く引かれて、足元に置いたお宝を避ければバランスを崩し、そのまま背面からデンジャラスゾーンに倒れこんだ。
つまり、ソファに座っていた団長の膝の上。

意図的に膝上に転倒させられたのだから謝る必要もないと、一言もなく立ち退こうと腰を浮かせかけたところで、腕を掴んでいた団長の手が腰へ回る。
そのまま引き寄せられて難なく団長の膝の上に座るように抱き上げられて、あたしは背中の痛みも忘れてジタバタと手を泳がせた。

「お前は二人っきりになるとすぐ逃げようとする。」
「上司のセクハラが怖いって分かってるくせに。」

くつくつと喉の奥で笑う声が肩に落ちてこそばゆい。
こんな状態でウボォーやノブナガが帰ってきては誤解を招くもとだと、分かっていてやっているのだからセクハラどころかパワハラだ。

単純な力比べなら負けない自信があるので、とにかくこのデンジャラスゾーンから脱出しなくては、と、腰に絡まる腕を力尽くで解こうとした瞬間に、背中の服が腰のところからめくられる。
予告なく外気にさらわれて総毛立てば、さらに追い打ちをかけるように冷たい指先が肩甲骨の下をなぞる。



「団長、ちょっと、」

悪ふざけしすぎ、と抗議の声は、途中で痛みに途絶える。
さっきまで熱をもって疼いていた背中の傷へと、団長の指先が遠慮もなくめりこんだ。
思わず痛みに跳ね上がった体は、しっかり団長の片腕が押さえつけていて動けない。

メリメリと、粘着質な何かを剥がすような嫌な音が聞こえて、見えなくともようやく気付いた。

最後の念能力者を殺したときに、絶命間際に背中に念を当てられた。
そのときは当たった鈍い痛みだけで気にしていなかったけど、しばらくして熱をもって疼く感触に、てっきりその念が時間差で傷を作ったのだと思っていた。
違う、疼いていたのは傷口じゃない、と異音に聞き耳を立てていれば、さらに団長の指が背中へ深くめり込んでくる。


「寄生型だな。」

セクハラとかパワハラとか言ってごめんなさい、と素直に思うくらいに真剣な団長の声に、眉を顰めて痛みに耐える。
自慢じゃないけど虫とか昆虫とか爬虫類とかが大っ嫌いなあたしにとって、「寄生する何か」は一番聞きたくなかったことだ。

「取れる?何がついてるの?見たらショック死しそうだから見せないでね。」
「取れなかったらどうする?」

恐ろしいことを軽く言いながらも、剥がそうとしてくれているその指先に力が入るのが分かった。
ただひっついているだけじゃない、すでに皮膚と肉の一部に同化しているか潜りこんでいるのか、
メリメリと異音を立てながら剥がされていく際に皮膚まで剥げていく感触と痛み。
冷たい指先が熱をさらっていくようで、さらに熱を持つ。

得体の知れない何かに寄生されていたなんて、おぞましくて泣きたい。
痛みよりもおぞましさに耐えること数分、やっとベリっと音が途切れて、背中の違和感がなくなった。

「失血してるから、オーラで止めておけよ。」
「団長様!ありがとうございます!」

腰を抱かれたまま団長の膝の上からソファへと下ろされて、立ち上がった団長の片手からドロドロと粘着質なものが落ちるのが視界の隅に入り思わず目を逸らす。
虫とかじゃないけど、アメーバだ。
あんなものが背中についていて巣食っていたかと思うと身の毛がよだつ。
今回ばかりは団長の鋭さと有無をいわさないセクハラまがいの行動に助けられたと安堵する。

「捨ててくる。」

短く言い残して団長は洗面所の方へ。
ほどなくして水を流す音が聞こえてきて、捨てるってまさか流したのか、と怖れているうちに戻ってきた団長は、
再びソファにどっかり座って、すっかり警戒心をなくしていたあたしを膝へと抱きかかえる。

あれ?と、安堵のうちにデンジャラスゾーンに戻ったことに気がついたときには、すっかりまた団長の両腕が絡みついていた。

やっぱりセクハラだ、と、ここから立ち退くために無言のまま団長の腕を解こうと力をこめたところで、冷たい指先が服の下にもぐりこんで背中に触れる。

「団長!悪ふざけもいいかげんっ」
「まだ残ってるな。」

「……早く取ってください、お願いします。」

今度こそ剥がされた部分の傷の痛みだけだと思っていたのに、団長がひとり言のようにこぼした一言に思わず体を硬直させる。
再び冷たい指先が傷のあたりをやわやわとなぞるけれど、一向に残留物を剥がす気配がない指先に眉を顰めながらも、
おぞましいものぜんぶ取ってもらえるものだと、黙って待っていた。

「おおっ!また団長のセクハラか!!」
「今日はおとなしくしてんなあ!!」

両手いっぱいに盗った酒を持って戻ったノブナガとウボォーが目を丸くしてから大笑いしだすまで、
素直に背中をなぞる指先を信じていた自分と嘘つきセクハラ上司にふつふつと怒りが沸きあがっていく。
笑う二人にとばっちりで殺気をとばしながら、なにも剥がさずして背中から手をひっこめた団長を睨む。

「だーんーちょーうー!!!!!!」

力まかせに団長を一本背負いしたあたしを、誰が責められようか。





















アスパラの新たなお友達、Pluie noire管理人ののあるさんより頂きました!
団長かっこいいッ!もっと触って!笑